tabのインタラクションデザインについて:研究と実業の境界で


tab

前職で開発に関わった、頓智ドットのtabが、伊勢丹と提携を結びました(東洋経済オンラインの記事)。tabは、街についての情報をウェブ/リアルからクリップし、興味関心のテーマ単位でまとめて共有する「My雑誌」サービスです。iPhone/Android/iPad/Web向けに提供されています。2013年7月時点でパートナー企業約190社、アプリのダウンロード数は30万超、アクティブユーザーは17万にのぼっているとのことです。

tabは、O2O(Online-to-Offline)サービスの一種であると言えます。サービスを通して、ウェブに散らばった街についての興味深い情報に触れることができ、結果的にイベントに行ったり、商品を買ったりといった行動に結びつけることができます。国内で、消費に占めるECの割合は3%弱(経済産業省発表)といわれており、97%の消費活動は現実の世界で起きています。この商流にインパクトを及ぼすことができれば、その経済的なインパクトは多大なものになるでしょう。このような背景から、O2OはITの成長領域として注目を集めています。

tabのインタラクションデザインにおいては、私がこれまでに慶應義塾大学インタラクションデザインラボなどで行ってきた研究のアイデアが色々と取り込まれています。それらがどのように商業的なサービスに取り入れられていったか、述べてみたいと思います。

ここ HOREアキバ:街をソーシャルブックマークするという発想

街の情報を興味関心に応じてまとめるというアイデアの先駆けとして、2006年に開発した「ここHOREアキバ」が挙げられます。当時、秋葉原は、昭和通り側の再開発が進められ、新しい街の魅力が生まれる一方で、中央通側の既存の電気街に人の流れが向かなくなるのではないかという危機意識が、既存の商店にありました。

当時慶應義塾大学が再開発の中で担当していた、秋葉原デザインミュージアムプロジェクトの一環として、電気街振興会様の協力のもと、街の回遊性を高めるモバイルサービスの開発を行うことになりました。秋葉原はよく知られている通りニッチな需要や趣味嗜好を対象とした小規模店舗の集まりで、店の移り変わりも激しく、構造化された情報提供を行うのが難しい状態でした。一方、このような状態は、様々なサイトが乱立するウェブに似たものでした。そこで、はてなブックマークなどのサービスにヒントを得て、QRコードを用いて携帯電話で店をブックマークし、テーマ別の地図にまとめるという「街のソーシャルブックマークサービス」を着想しました。

ここHOREは実際に40近い店舗にQRコードを設置し、2週間程度のテスト運用を実施し、50人程度の参加がありました。非常に興味深い試みでしたが、プロジェクトの資金繰りに問題が生じたこと、および当時のインフラ(iPhoneも、Twitterも、Foursquareもない頃です!)では十分なサービスを展開することができず、tabにその考え方が引き継がれるまで日の目を見ることはありませんでした。(メンバーの修士論文にはなりましたが。)

Locoscape:街を眺めるインタフェース

ここHOREを開発/提供して、「街のソーシャルブックマーク」という情報設計は、街での行動を変えるうえで有効そうだとわかりました。一方で、UIには課題がありました。当時としては先進的な、連続的なスクロールとズーミングが可能な地図UIをガラケーに実装していたのですが、それでも小さい画面で、十時キーなどで操作を行うことには限界がありました。

時同じくして、iPhoneが登場しました。それまでの研究からも、大画面とタッチ、加速度センサーなどを用いれば、より自然で使いやすい位置情報UIが作れることはわかっていたので、アプリの実装を検討してみました。一方で、当時のiPhoneには、電子コンパスがなく、これではユーザーから見て自分周辺の情報などを端末の向きに応じて表示する、といったことは難しいことがわかりました。同じ頃に、最初の商用のAndroid端末(T-mobile G1)がアメリカで発売され、同等の端末が開発者向けにGoogleより発売されました。そこで、すぐにマウンテンビューから取り寄せ、4ヶ月かけて実装したのが、「Locoscape」というシステムです。

Locoscapeは、リクルート社や食べログなどのAPIを用いて、自分の周辺の情報を検索できるシステムでした。セカイカメラのようなAR UIのように、水平方向で向けた方向の情報を見せました。しかし、ARのUIには、目の前に見える範囲の情報しか見えないという問題がありました。そこで、垂直方向の傾きに応じて近くと遠くの情報を連続的に切り替えて表示できます。これは、人間は遠くを見る時には視線を上げるという行為の観察に基づくものでした。

このUIは、tabのiPad版において、バードビューとして応用されました。タブレットにおいてはセカイカメラの魂であったAR UIが適切でない中で、ロケーションベースの情報の見せ方として違った形を見せられているかと思います。

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おねだリスト:あなたがほしいものは、私が買ってあげたいもの

ここHOREなどのプロジェクトをやっていたのと同じグループで、ファッションや美容におけるITのプロジェクトに取り組んでいました。そうした中で、アパレルのショップでバイトをしていた女の子が、とても面白いアイデアを提案しました。店に、自分用でなく家族や恋人へのプレゼント用に買い物に来る人がいる。そうした人に、プレゼントを送られる相手が試着を行った時の画像やアイテム情報を共有できれば、プレゼントをしやすくなるのではないか、と。

直感的に、これはとても素晴らしいアイデアだと思いました。というのは、このシステムは、関わるプレイヤーのすべてが特をします。まず、買ってもらえる人は、自分に似合う/好みに合うアイテムをプレゼントしてもらえます。次に、買う人は、相手の好みをきちんとわかってプレゼントをすることができます。最後に、店は購買の機会を増やすことになります。

おねだリストについて印象深いのは、成果発表の展示会において、知り合いの先生に言われた「これは完全に事業になっている。平和の時に戦争を考え、戦争の時に平和を考えるのが大学の使命じゃないだろうか?」という一言です。この先生も、否定的なニュアンスというよりは、僕の仕事が次第に研究という枠からはみ出していっていたのを、敏感に感じ取られての感想だったかと思います。

tabにおいても、このようなソーシャルの要素は取り入れられています。自分の気になる人が気になる物や店は、やっぱり気になるもの。特に、友達と行ってみたい場所を知り合いと共有する「コレどう?」機能などは、近い考えた方を実装したものといえます。

研究と実践の境界で

このように、tabというサービスのインタラクションデザインには、研究の中で生まれてきたアイデアやデザインがいろいろと取り入れられていることが、おわかりいただけるかと思います。

博士号を取得した後で、実業の世界に出た思いとして、研究の成果がなかなか実用化されず、研究費の終了とともにサービスも終了してしまうような、そんな状況を自分の手でどうにかしたかったことがあります。当時よく、「システムを実装するだけではだめなんだ、社会に実装をしないとだめなんだ」ということを言っていました。結果的には、多くの方に使われているサービスに研究成果が反映させることは一定できたのではないかと思っています。

研究に限らず、どんな優れたアイデアでも、それを実用化する過程では、乗り越えなければならないハードルがあります。サービスとしての完成度や、バックエンドが大規模化しても安定運用すること。サービスを知ってもらうマーケティングをきちんと行うこと。何より難しいのは、継続的に機能するビジネスモデルを構築すること。往々にしてそれらを構築するのはアイデアを得ること以上に難しく、またそれがゆえにやりがいのある仕事だといえます。