AppleとGoogleは宗教になった


Apple Watchがようやく届きました。自分のものになるとやっぱりワクワクしますね。これからどんな風に生活が変わるか、試していこうと思います。中学に入って、初めてMacを買ってもらった時から、新しいApple製品を買う時にはいつもこうしたワクワクがありました。何か自分の生活が変わる、自分の可能性が広がる、そんな気持ちにさせられる。

Apple Watch

僕は14で中学にMacのユーザーグループを作りました。あんまりMac雑誌ばっかり読んでいたので、コダマックとあだ名されていました。結婚した時には、嫁は古いダイナブックを使っていたので、そんなものはうちの敷居はまたがせんといって、Macにスイッチさせました。我ながら立派な信者だと思います。

コンピューターのOSの優劣を論じるとき、多くの人がなぜか宗教的になり、自分のプラットフォームを信者のように擁護し、他プラットフォームを異教徒のように攻撃します。MacとWindows、iOSとAndroid、よりマニアックなところでもBSD UnixとLinuxとか。そういえば、iPadが発表された時には、「こんなに話題になった板はモーゼの十戒以来」なんてジョークもありました。

こんなに話題になったタブレットは十戒以来

関係ない人から見ると、たかがコンピューターのOSじゃないかと思うわけですが、コンピューターを使うことが生活の中で大きな割合を占めている場合には、OSやプラットフォームというものは絶対的なもので、自分の利用する環境や、自分の行動を全部規定されてしまう。単純接触による結びつきもあるし、OSを否定されてしまうとそれは自分を否定されてしまうことに近い。だからこそ、OS論争は宗教的になります。

これまでは、コンピューターの中だけの話だったのですが、これからはAppleやGoogleのプラットフォームは、本物の宗教になるかもしれないです。それは、IoTの世界がやってくるためです。

最近のApple製品を見ると、個別の製品だけではなく、製品ラインナップをうまく構築し、iCloudとContinuityを通した連携によって囲い込みを進めています。僕の周りにも、自分も含めてスマホはiPhone、仕事はiMac、すると出先では軽量な新しいMacBookがほしくなり、最近のiPhoneは大きいからちょっと情報を確認したりするのにはApple Watchがほしくなり、と、完全に囲い込まれているような人を見かけます。一度こうなると、他のプラットフォームに移行するのは難しくなり、どんどん囲い込まれ、気づけば高価なApple製品をたくさん買っている。その結果が、23兆円という現金保有高です。

コンピューターとネットは、今後PCやスマホにとどまらない様々な形で私たちの体や環境に入り込んできます。Apple Watchのようなウェアラブル、あるいは家や自動車など。Apple Watchのワークアウトなどはいい例ですが、それらの技術は私たちがどのように生活するかを形づくっていきます。そして、それらの製品がスムーズに相互運用して動くためには、コンピューターのOS同様AppleやGoogleのアーキテクチャを使うことになるでしょう。

ローレンス・レッシグという経済学者がいます。クリエイティブ・コモンズの設立などで有名なのですが、レッシグの理論の中に、人の行動を規定する大きな力は規範/法/市場/アーキテクチャーだ、というものがあります。レッシグによれば、規範に基づいて法が作られ、法は市場または直接の規制を通してアーキテクチャーに働きかける。このようにして私たちの振る舞いを規定するアーキテクチャーが作られてきた。ゼロ年代にはよく参照され、特に東や濱野らによる環境管理論に繋がりました。

レッシグの提唱した行動を規定する四つの力

ところが、今や私たちの振る舞いを規定するアーキテクチャーは、個々の国の法だけでは縛れないAppleやGoogleといったグローバル企業によって規定されているわけです。例えば個々の家の単位で、どのプラットフォームを主にするかを決めてモバイルや家の設備などを選ぶことが必要になってきます。そして、Apple Watchのようなロゴ入りのウェアラブルを常に身につけて、常に自分の情報をプラットフォームに伝え続けるわけです。ここまでくると、これを宗教と呼ばずしてなんと呼んだらいいでしょうか。

Appleは、カトリックみたいなものです。一神教で、華やかで、たくさんのお金を要求する。一方のGoogleはプロテスタント的で、同じく一神教ではあるものの華やかではなく実用的で、直接的にはあまりお金を要求せず、誰に対しても開かれているという顔をする。これらに対して、WebやMozillaが体現するような、よりオープンでカオスな土着の多神教のような世界もあり得るとは思います。

いずれにしても、IoTの世界を生きる私たちは、宗教と付き合うようにAppleやGoogleといったプラットフォーマーと付き合わなければならないのです。


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