IA/UXプラクティス:実務家が実務家のために書いたUXの教科書の決定版

ネットイヤーの坂本貴史さんは日本のWeb業界における情報アーキテクト(IA)の先導的存在でした。僕も常々坂本さんのブログbookslopeで勉強させていただいています。また坂本さんは2011年に刊行されたIAの教科書「IAシンキング」でも知られています。

この5年間でWebのランドスケープは随分様変わりしました。最大の変化は、タッチポイントのデバイスとしてモバイルが主流になったことです。結果としてのアプリの広まりやタッチポイントの多様化などに伴い、UXデザインやサービスデザインへの関心も高まってきました。私がUXデザイン事業を立ち上げたのものそうした流れの中でした。

こうした変化に対して、少なくとも国内においては、個々のデザイナーが実務のプロセスの試行錯誤を行ってきました。世界を見ても、モバイルの時代のUXデザインの方法論を体系だってまとめたものはほとんど見当たりません。

坂本さんが今回出版された「IA/UXプラクティス モバイル情報アーキテクチャとUXデザイン」は、モバイル時代のUXデザインの教科書として、決定版といってよいものです。実務家の視点から書かれており、実務に関わるあらゆる人にとって読む価値があります。特に、こうした仕事に新しく就く人にとっては最適な教科書だと言えます。

ここから先は、本書の章別にコメントをしていきます。

1 UXデザインのとらえ方

UXそのもの、およびそのデザインはいずれも掴みにくい概念であり、人によって定義が異なったりします。本書ではまず、ISO-9241-210やUX White PaperやPeter MorvilleのUXハニカムなどの基本的な定義を参照しつつ、IA、ユーザビリティ、HCD、リーンといった周辺領域との関係を整理していきます。

2 モバイルのUXデザイン

ここでは、デスクトップとの利用状況の違いからモバイルのデザインにおける基本的な注意点、タッチ/ジェスチャー、解像度とレスポンシブなど、モバイル向けのデザインに必要となる基礎的な知識をまとめています。

3 モバイルにおける情報アーキテクチャ

ここはIAとしての坂本さんの本領発揮といったところ。情報構造に関するパターンと、表示方法(ナビゲーション)のパターンとを紹介するとともに、それらの関係を整理していきます。

一点気になったのが、情報構造としての階層型とマトリョーシカ型の差異がわかりにくかったこと。これはユーザーが実際に階層のドリルダウンを行うインタラクションの中で、必ずしも深掘りするだけでなく、より上位の浅い階層に戻る場合もあるかどうかの違い、と読み取れましたが、情報構造自体についてどれだけの違いがあるのか、いまいちイメージできませんでした。(教えて坂本さん!)

あとモバイルのナビゲーションは本書にも記されている通りアニメーションを使ったダイナミックなものが増えているので、紙の本ですべてを理解するのは難しいです。本書ではサンプルのリンクも数多く示されているので、それらを参照しながら読み進める必要があります。

4 問題解決としての情報アーキテクチャ

ここでは、情報アーキテクチャ設計のより具体的な進め方を示しており、コンテンツ構造設計や検索/ナビゲーション、プロトタイピング、デザイン原則やデザイン言語の利用法について紹介しています。具体的なツールや方法論が詳しく紹介されています。

5 UXジャーニーマップと可視化

様々なタッチポイントを含むモバイル時代のUXデザインは、画面遷移図の中に収まらなくなってきています。結果として、カスタマージャーニーマップやストーリーマッピングと呼ばれる、よりユーザー視点で抽象化されたユーザー体験の可視化手法が用いられるようになってきました。この数年間自分が事業会社やアトモスでUXデザインを行う中でも、ジャーニーマップを設計の中心に用いてきました。

IAシンキングと本書の差分として最も大きい点の一つが、このジャーニーマップについて詳細に紹介していることです。特に、繰り返し強調されるのが、仮説を整理する/問題を発見する/問題への解決策を見つけるなど、具体的な目的を設定してジャーニーマップを作ることの重要性です。ジャーニーマップがともすれば作って満足してしまって終わりになってしまうことは実際によく起こることなので、本書ではこの点が繰り返し強調されています。

Appendix

本書の残りの部分では、GUILDの深津さんとのアプリのUIデザインについての掘り下げたディスカッション、またゼネラルアサヒの稲本さんによるECサイトのLPパターンについて、グッドパッチの村越さんが事業会社におけるUXデザインの取り組みについて書いています(この部分は明言されていませんが村越さんのグリーでのご経験に基づいていると思われます)。

次いで、坂本さん自身が開発中のジャーニーマップ作成ツールUX Recipeについての紹介があります。Webで、あるいはモバイルでのエスのグラフィ調査などから簡単にジャーニーマップを作成し、企画書などに貼り付けるアウトプットを簡単に作れるツールだということで、自分でも試してみようと思っています。

まとめ

このようにモバイル時代のUXデザインについて、体系だってまとめるとともに、実務レベルでの方法論や注意点をまとめた、稀有な本となっています。こうした実務を行っている人なら、多かれ少なかれ本書で紹介されているような方法論を用いているでしょうから、本書を通して知識の再整理を行うことができます。また、これからUXデザインの仕事に就く人であれば、本書を通して仕事の流れや必要なツールについて一通りの知識を身につけることができるでしょう。

日本のUXデザインの業界において、待望されていた一冊ということができます。

デザインのできることとできないこと-World IA Day Tokyo 2016に参加して

WIAD 2016 TOKYO JAPAN

Information Architecture Instituteが主宰するWorld IA DayのTokyoに参加してきました。今年のローカルテーマとしてはイーライ・パリサーが著書「閉じこもるインターネット――グーグル・パーソナライズ・民主主義」で主張した「フィルターバブル」の問題についてでした。

コンセントの長谷川さん、スマートニュース編集長の松浦茂樹さんや、ニュースピックスでインフォグラフィックス・エディターを務める櫻田潤さんらが講演を行い、またリクルート/Mediumの坂田さんを交えて、山本郁也さんのモデレートのもとトークセッションが行われました。

フィルターバブルについてざっくり言うと、Googleの検索結果やFacebookのタイムラインにおけるパーソナライズが、個々のユーザーの情報環境を分断し、結果的にコミュニケーションの断絶、新しい情報との出会いの減少、ひいては民主主義の危機までをも招くという問題意識が表明されました。

長谷川さんによれば、大学で教えられている学生さんと話していても、GoogleやFacebookのパーソナライゼーションや、その結果としてのアクセスできる情報の偏りには無自覚だという懸念が挙げられていました。

しかし、僕は講演やセッションを聴いていて、根本的にこのフィルターバブルという問題に違和感を感じました。フィルターバブルを作り出している具体例として、GoogleやFacebookやAmazonが挙げられていましたが、自分の感じ方としてはこれらが存在することで新しい情報に出会う機会は増えても、そうした機会が減っているとは感じないためです。

問題は、フィルターについて議論している時に、フィルター前の情報の絶対量や、フィルター後の選択の幅を考えなければ、全体としての情報アクセスの良し悪しは言えないという点が見過ごされていることです。実際、下記の @securecatさんのツイートによれば、インターネットの普及と前後して、平均的に消費される情報の絶対量は33倍、選択可能な情報量に至っては530倍というデータがあるそうです。

こうした状況を考慮すると、フィルターバブルについての問題意識の原因を、GoogleやFacebookといった情報システムの側、ひいてはその中で情報設計という部分を担当するIAに帰するのはあまり説得力がないと思います。むしろ、受け手側の意識やリテラシーの問題の方が大きいと言えます。

(2016/2/21追記)英語版Wikipediaの「Filter bubble」の「Reactions」の節:Googleの検索結果などについての学術的な検討によれば、パーソナライゼーションにより生じる差異は軽微であり、また個人のプロファイルに基づく音楽レコメンデーションサービスなどでも選好の偏りではなくむしろ発見の広がりを促す効果が見られたとの事例が紹介されています。

登壇者の皆さんからも、IAの立場からそうした受け手に対する啓蒙や、フィルターの設計について理解できるよう表現すべきという意見は出ました。そうした努力は望ましいものではありますが、一方でそもそもの興味関心や意識が低い受け手に対してどれくらい有効性があるのかは大きな疑問があります。教育や業界団体の倫理規定の制定など、実務の外のアプローチが必要でしょう。

金づちを持っていると全てが釘に見える、というアフォリズムがあります。最近デザインの業界の集まりなどに参加して感じるときがあるのですが、デザインを生業にする人間としてはあらゆる問題に対してデザインで解決策を見つける、あるいはデザインが社会に対して全般的な責任を負っているように思ってしまうことがあります。

しかし、事業活動の中だけで考えても、デザインはその構成要素の一つでしかありません。だいたい実務の現場で、デザイナーが意思決定の権限を持っているということは稀です。ビジネスオーナーや、場合によっては実装の担当者などの持っているインフルエンスの方が大きい場合は多々あります。そうした中で、デザイナーが持てる権限と責任の現実的な範囲というものがあります。

ここまで読まれて、僕がデザイナーという職能を悲観的に考えていると思われるかもしれませんが、それは全然違います。むしろデザインが担える役割というものは一般に過小評価されていると思います。しかしそれは、現実のプロダクトやコンテンツを通じて達成できるものです。そこの線引きなしにデザインにできることを過大に捉えるのもまたどうかと思ってしまうわけです。