2017雑感

今年も今日一日を残すのみとなりました。一年を通して本業がとても充実しており成果も上がったのですが、それ以外にも印象に残る出来事が色々あったので、まとめてみようと思います。

Instagramから今年の9枚


「IoTは三河屋さんである-IoTビジネスの教科書」出版

「IoTは三河屋さんである」表紙
今年韓国でも発刊させていただいた「人工知能は私たちを滅ぼすのか」に続き、マイナビ新書さんから二冊目の著書を出させていただきました。前作よりも、より今日のビジネスに直結した内容になっていますので、IoTにご興味のある方にはご一読いただければ幸いです。特に、IoT製品の主役はインターネットおよびサービスの側であり、エッジのハードウェア側の付加価値向上によるコストアップは時に事業の成功には足かせになりかねない、という理解が広まればと思っています。


iPhone X

iPhone XコンシューマーIT製品における2017年最大の話題といえば、iPhone Xでしょう。幸い発売日に入手することができ、以来メイン機として愛用してきました。果たしてiPhone Xはアップルがいうような「スマホの未来」になるのでしょうか。現在手に入れることのできる最良のスマートフォンというファーストインプレッションに変わりはありません。これまでの4.7インチ画面のiPhoneとあまり変わらなず片手で扱いやすい本体サイズに詰め込まれた、ほぼベゼルレスの対角5.8インチの有機ELディスプレイは、確かに素晴らしいエクスペリエンスを提供してくれます。またカメラも歴代のiPhoneの中では最高で、被写体や周囲の光環境によらず美しい写真を撮ってくれます。ただしベゼルレス/ボタンレスにこだわったことにより、コントロールセンターと通知センターが扱いにくくなったり、ランドスケープモードの操作性が十分考慮されておらず動画を全画面表示にするとセンサーハウジングで一部隠されてしまったり、キーボードが使いにくいなど、UIデザイン上の綻びが散見されます。またFaceIDは指紋認証と比べて遅い、マスクをしていると使えない、Apple Payの認証が行いにくくなったなど、果たして本当に改良と言えるのか疑問も残ります。これまでのアップル製品でも、デザインのパラダイムが大きく変わった最初の世代の製品には磨き残しも多いものです。X世代のiPhoneが7や8と同程度に洗練されるまでには、まだ2-3世代待たなくてはならないでしょう。


反脆弱性-不確実な世界を生き延びる唯一の考え方

「反脆弱性」表紙
今年読んだ本は色々あれど、日本で出版された本の中ではこれがベストでした。今日のネットワークで繋がる世界は、相互の複雑な干渉によって高い不確実性、カオス性に晒されています。著者のタレブの専門であるトレーディングはその代表例です。代表作である「ブラック・スワン」から本作まで、タレブは一貫して、破滅的なリスクを避けるだけではなく、積極的にチャンスに投企する姿勢を推奨します。例えば今年ビットコインに投資した人などはその好例でしょう。コントロール可能な範囲でリスクをとることは、インターネット後の世界を生きていく上で避けては通れないのです。


ドラクエ11

ドラクエ11オープニング画面僕は10以外は全部クリアしてるんですが、7以降はイマイチ好きになれず、本作もあまり期待せずに始めました。しかし、蓋を開けてみたらシナリオ、キャラクター、ボリューム、ゲームバランスなど、シリーズ最高ではないかと感じるレベルの傑作でした。特に、これまでと異なり今作のプレイヤーは初めから「勇者」という特権的な立場には立たせてもらえません。むしろこれまでになかったような逆境が何度も襲ってきます。そのような場面の中で、ある登場人物が主人公にこんな言葉をかけます。「勇者とは、決して諦めない者のことです!」体験者が能動的に行動するゲームというメディアの特性を最大限に活かした物語でした。

またインタラクションデザインの観点から凄みを感じたのが、PS4/3DS(3D)、3DS(2Dドット絵)の3種類の全く異なる表現で同時リリースしたこと。マップデザインやバランス調整は実質3本のゲームを開発する手間がかかったはずです。本作はあらゆる意味で日本の国民的ゲームとしてのドラクエの集大成的な作品でした。


2017年はどんな年だったか

2017年は個人的にも公私ともに充実した年でした。IT産業を見ても、AI、IoT、xR、暗号通貨に代表されるような新しいトレンドが具体的な形になって現れてきた一年でもありました。それは、それらのテクノロジーが多くの人にとって体験できる形になってきたためだと思っています。今年は、これまでで最も自分自身がそうした体験の実現に関われた年だったのが何より嬉しいことです。来年も引き続き素晴らしい体験のプロダクトを作っていきたいと思います。


おまけ:夏休み@ハワイ

夏はお休みをいただいてオアフに行っていました。ダイヤモンドヘッドではハワイの大地に、サンドバーでは海に、ノースショアでは虹とサンセットに触れることができました。都会に暮らしていると忘れてしまう自分と地球との繋がりを取り戻せたように感じました。

ダイヤモンドヘッド
ダイヤモンドヘッド
サンドバー
サンドバー
ノースショアの虹
ノースショアの虹
ワイキキのサンセット
ワイキキのサンセット

「人工知能は私たちを滅ぼすのか 計算機が神になる100年の物語」刊行のお知らせ

人工知能は私たちを滅ぼすのか 計算機が神になる100年の物語 表紙

今日のIT業界で最大の話題は、間違いなく人工知能技術です。人工知能で自動運転ができるようになった、囲碁のプロに勝ったなど、人工知能の進化に関するニュースを目にしない日はないといっていいくらいです。

しかし、人工知能の歴史について少しでも知っている人なら、疑いの目を向けずにはおれないでしょう。今までも、2回の人工知能ブームがあり、そのたびに結果は幻滅に終わりました。今回は何か違うのか。

はっきり言います。今回はこれまでのブームとは異なり、賢い機械が本当に私たちの生活の中に入ってきます。インターネットは、情報/メディア産業などを根本からひっくり返しました。しかし人工知能の持つインパクトは、そうした産業を超えて、私たちの生活と仕事のあらゆる側面を根本から変えていきます。

20年前、Windows 95が発売されてインターネットブームが起こりました。20年を経た今、日本の情報/電機産業は、シリコンバレーのIT産業に完膚なきまでに叩きのめされました。それが失われた20年となり、大手電機メーカーの実質破たんと切り売りなどをもたらしました。

私は大変な危機感を抱いています。このままだと、今後の15-20年間、人工知能についてまったく同じことが起きるでしょう。そして、日本の産業は、おそらくこの競争にも負け、日本は経済や産業や科学技術のトップランナーの座から滑り落ちていることでしょう。

私には、小学一年生の甥がいます。本書は、彼と同い年の主人公が暮らす2030年の世界を舞台とした物語として描きました。その世界では、主人公は大学の卒業と就職を間近に控えています。その時、私たちは、彼らに、豊かで将来への希望のある社会を残すことができるでしょうか。私たちはそうした瀬戸際に立っています。

そのような思いで、本書を執筆しました。私がITに本格的に取り組み始めてから、早いもので25年も経ってしまいました。その間、更にはそれよりも50年もさかのぼって、コンピューターとITがどのように形作られ、世界を変え、そしてなぜ今のタイミングで人工知能が現実のものになりつつあるのか。その先にはどんな世界が待っているのか。一年間の時間をかけ、自分の経験と知識のすべてをこの一冊に注ぎ込みました。

コンピューター、IT、人工知能に詳しい方でも、そうでない方でも、これからの世界に対する見方が変わる。そんな本になったと自信を持っています。

発売は3/18で、現在Amazonなどで予約が可能です。Kindle版も同時に発売になる予定です。少しでもご興味を持っていただけたら、どうかさわりだけでも読んでみていただければと思います。

下記に、本書の冒頭を引用します。

はじめに

今から少しだけ未来の、2030年の世界を想像してみましょう。私たちの暮らしは、仕事は、どのように変わっているでしょうか。その変化をもたらす要因は何でしょうか。経済?国際政治?それらももちろん影響はあるでしょう。

では逆に、15年前と今とで何が一番違うでしょう?日本は相変わらず不景気でした。9.11のテロが起こり、「テロとの戦い」が始まった頃でした。

意外と大した変化は起こっていない?当時の写真や映像などを見ると、今と決定的に異なっている点が一つあります——誰もスマートフォンを持っていないのです。
21世紀に入ってから、スマートフォンやインターネットのようなITほど私たちの暮らしを変えたものはありません。かつて、ソニーの社長だった出井伸之氏は、「インターネットは古い産業を滅ぼす隕石である」と述べました。

今日、スマートフォンやインターネットに匹敵する、もしかしたらそれ以上のインパクトをもたらすパラダイムシフトがITの世界に起こっています。その中心にあるのは、人間のように知覚し、考え、行動する、人工知能の技術です。

人工知能の研究は、20世紀半ばに始まってから、長らく日の目を見ずに来ました。ところがこの数年間、開発が飛躍的に進み、見たり聞いたりするものを人間と同じレベルで認識したり、自動車を運転したり、中には高度な仕事やゲームでも人間を打ち負かすものが現れてきました。

人工知能は一体どこまで賢くなるのか。その結果、人間の仕事が人工知能に奪われたりするのではないか。さらにその先に、「ターミネーター」のように人類を滅ぼそうとするのではないか。そのような不安が、SFの絵空事ではなく、現実味を帯びてきています。

本書では、人工知能が私たちの暮らしや仕事にどんな影響を及ぼすのか、そして人工知能とどう向き合えばいいのか、といった疑問に答えたいと思います。
筆者は、実は人工知能の専門家ではありません。まだ10代だった90年代から20年以上にわたって、ユーザーインタフェースやユーザーエクスペリエンスと呼ばれる、人間とITの関係のデザインに取り組んできました。大学で博士号を取り、その後はIT企業の製品マネージャーや、IT製品開発のコンサル企業を創業するなどしてきました。
その中では、スマートフォンやインターネットをはじめ、バーチャルリアリティーやロボット、そしてもちろん人工知能などさまざまな種類のITにかかわってきました。

筆者のこのような経験から、本書では人工知能の技術的な側面というより、より大きなITというものの一部として、人工知能と私たちがどのような関係を作れば良いかということに焦点を当てています。

そのために、本書では、2030年に大学生をしているマリという普通の女の子が、100年にわたる人工知能の開発の歴史を学んでいくという構成をとっています。各章の冒頭で、人工知能が実現しているであろう2030年の世界について描き、それを実現する背景になる歴史について解説していきます。

人工知能と、スマートフォンやインターネットのようなITは、その成り立ちが一般に知られている以上に密接に関わっています。ITの歴史の中では、様々な開発者達が、それぞれの信念、アイデアのもとに人工知能やパーソナルコンピューターなどの設計思想(アーキテクチャー)を作っていきます。その歴史を知ることではじめて、現在と未来の人工知能について理解することができます。

そうした開発者たちの信念やアイデアへの情熱は、宗教家の信仰へのそれに通じるものがあります。彼らの究極のゴールは、私たちのように感じたり考えたりする心を持った機械を実現することです。人工知能を作るということは、もしかしたら私たち人間に許されていない、神の領域へ足を踏み入れることなのかもしれません。

そう考えた時に、人工知能のこれまでとこれからの行く末を読み解く手掛かりとして、キリスト教の聖書が一つの道しるべとなりました。人工知能の100年の物語が、聖書の物語と不思議なほどに符合していることは、著者自身にも正直言って驚きでした。

本書は、二部構成を取っています。

第一部 コンピューターの創世記においては、今日私たちが日常的に使っているパーソナルコンピューターやスマートフォン、インターネットなどのITがどうやって作られてきたかという歴史を紐解きます。そこでは、コンピューターと人工知能の概念を発明しながら、アダムとイブのように禁断の果実をかじって死んだ悲劇の天才アラン・チューリングの物語が中心となります。

第一部は、特に若い方など、今日の人工知能の背景となっているこれまでのコンピューターの発達について詳しくない方に向けて書いています。そうした歴史に詳しい方は、第二部から読んでいただいてもよいかと思います。

第二部 人工知能の黙示録においては、人工知能が急速に発達して神のような存在になっていくこと、その結果私たちの暮らしや仕事に起きる変化、さらにその先に訪れる「最後の審判」に迫っていきます。人工知能は、果たして私たちを救うのでしょうか、それとも滅ぼすのでしょうか。

さあ、その疑問に答えるため、マリたちと一緒に、100年の時空を超えた旅に出ましょう!この旅の終わりに、マリ、そしてあなたが、人工知能というものとどう向き合っていくのか、その答えを見つけてもらえればと思います。

スマートPCとしての新しいMacBookレビュー

新しいMacBook

MacBook、ようやく入手できました。1.1GHz、256GB、USキーボードのスペースグレイ。Apple Store銀座にて日曜に店頭在庫ありました。3日ほど使っています。

発表された時の印象通り、これは「スマートPC」。フル機能のMacの機能を、タブレットやスマホのような使い心地で使えます。これはデスクでずっと使うPCじゃありません。電源は持ち歩かない。必要な時にさっと取り出してさっと使う。

こういう使い方だから、スマートデバイスのようにポートは一つでかまわない。そもそも周辺機器をケーブルでつなぐようなことはしない。充電は家に帰ってからすればいい。

キータッチは浅いので押し込むのではなく撫でるように打つ。それでもタブレットのソフトウェアキーボードよりはずっと快適。ずっと使ってると疲れそうですが。

データもローカルには置かない。できるだけクラウドに置いて、ローカルはキャッシュとして使う。そうすれば、256GBもあれば十分。

Retinaで12インチの画面は色鮮やかで視野角も広くてゴージャス。トラックパッドは仮想のクリックなのにまったくこれまでと違和感なく使える。むしろ押す場所を選ばないのでミスが減って快適。

つまり、これはネットブックの完成形。クラウド+スマートデバイスの時代に、仕事の道具としてのPCのあるべき姿を指し示す北極星のような存在です。

WWDCでは、iPadのマルチウィンドウ、ソフトキーボードのトラックパッド機能、外付けキーボードのサポート強化など、Mac OSとiOSの操作性のさらなる統一が進められていました。そう遠くない将来には、PCとスマートデバイスの垣根はなくなり、普通の人が使う仕事の道具はこのようなスマートPCが主流になると考えます。

Appleはテクノロジー企業ではなくなったのか

Apple Watchを入手してから3週間ほどが経ちました。通知やリモコンはまあ便利ですが、なくても困るものではない。前から使っているAndroid Wear端末とできることに大きな違いはありません。

Apple Watch

ですが、大きな違いとしては、今のところほぼ毎日着けて出かけています。何が違うのかといえば、やはりデザインという答えになります。一番安価なSportモデルのブラックを使っていますが、オンにもオフにも違和感がない。またスポーツバンドの着け心地はよく、心配した暑い日もバンド全体が密着しないので大丈夫でした。

去年一年間で売れたAndroid Wear端末の台数は72万台と言われているのに対し、Apple Watchは予約が230万台と推測され、通年で1000万台を超えるのは確実なようです(いずれもKGI証券による推定)。

ヴィトンのバッグとiPhone

日本人は世界で一番Apple製品が好きなようで、iPhoneのシェアは世界で最高です。原宿の女子高生100人に聞いたら「Androidを使うのは恥ずかしい」空気があるくらいだなんて記事もありました。

この話を聞くと、かつて日本でヴィトンのバッグが大流行して、日本では女子高生までヴィトンのバッグを持ち歩いていると海外からあきれられたのを思い起こさせます。今やApple製品は、かつてのヴィトンのような位置付けのようです。

ヴィトンのバッグを持った女子高生

これは偶然ではなく、Appleは意図的に自らを高級ブランド品に位置付けようとしているようです。例えばバーバリーやサンローランといったファッションブランドのCEO経験者を経営陣に招聘しています。また、著名なインダストリアル・デザイナーのマーク・ニューソンをデザイングループに迎え、ヒューマンインターフェースの責任者アラン・ダイは広告とファッション業界の出身とのこと。新しいMacBookは機能をそぎ落とし、性能も他製品と比べて低いが、3色から選ぶことができ、価格は高めです。

AppleとIT産業はどこへ向かうのか

Appleはどこへ向かっていくのでしょうか。昔から、Apple製品はデザインが良く、高めで、高級品というイメージでした。しかし同時に新しいテクノロジーでイノベーションをもたらし、また優れたユーザビリティを誇っていました。

ここへ来て、そのバランスは変わってきている印象を持ちます。最近のApple製品で、薄く/軽くなった以外のテクノロジーのイノベーションはなんでしょう。また、Mac OSとiOSの中心的な開発者だったスコット・フォースタールが辞め、アラン・ダイがUIの責任者になったiOS 7以降、ユーザビリティの観点からはむしろ低下しています(ニールセン・ノーマングループによるiOS7のユーザビリティ評価)。その間にAndroidは劇的に追いついてきました。

その結果、Appleのビジネスがどうなったかというと、iPhoneを中心にMacやApple Watchも高いセールスを記録し、絶好調。資本主義の歴史の中のあらゆる企業で最高の業績を挙げています。

これは、ITが成熟産業になってきたことを示しているのかもしれません。

スマートデバイスによってコンピューターはついに誰もが使うものになりました。ウェアラブルやスマートホームなど、コンピューターは日常空間に入り込むものになってきました。コンピューターとしての機能やユーザビリティにはもう大きな差がつかなくなっている。むしろ、ファッション性やブランド力の差が大きくなっている。デザインへのアプローチとしては、UXデザインというよりは従来型のインダストリアルデザインやクリエイティブデザインの重要性が高まっています。

個人的には、もっとテクノロジーで生活が変わるようなイノベーションが起こるのを見てみたいし、そのために優れたユーザー体験やユーザビリティを追求したい。Appleはその最大の担い手でしたが、その向かっている先はちょっと違うもののようです。

AppleとGoogleは宗教になった

Apple Watchがようやく届きました。自分のものになるとやっぱりワクワクしますね。これからどんな風に生活が変わるか、試していこうと思います。中学に入って、初めてMacを買ってもらった時から、新しいApple製品を買う時にはいつもこうしたワクワクがありました。何か自分の生活が変わる、自分の可能性が広がる、そんな気持ちにさせられる。

Apple Watch

僕は14で中学にMacのユーザーグループを作りました。あんまりMac雑誌ばっかり読んでいたので、コダマックとあだ名されていました。結婚した時には、嫁は古いダイナブックを使っていたので、そんなものはうちの敷居はまたがせんといって、Macにスイッチさせました。我ながら立派な信者だと思います。

コンピューターのOSの優劣を論じるとき、多くの人がなぜか宗教的になり、自分のプラットフォームを信者のように擁護し、他プラットフォームを異教徒のように攻撃します。MacとWindows、iOSとAndroid、よりマニアックなところでもBSD UnixとLinuxとか。そういえば、iPadが発表された時には、「こんなに話題になった板はモーゼの十戒以来」なんてジョークもありました。

こんなに話題になったタブレットは十戒以来

関係ない人から見ると、たかがコンピューターのOSじゃないかと思うわけですが、コンピューターを使うことが生活の中で大きな割合を占めている場合には、OSやプラットフォームというものは絶対的なもので、自分の利用する環境や、自分の行動を全部規定されてしまう。単純接触による結びつきもあるし、OSを否定されてしまうとそれは自分を否定されてしまうことに近い。だからこそ、OS論争は宗教的になります。

これまでは、コンピューターの中だけの話だったのですが、これからはAppleやGoogleのプラットフォームは、本物の宗教になるかもしれないです。それは、IoTの世界がやってくるためです。

最近のApple製品を見ると、個別の製品だけではなく、製品ラインナップをうまく構築し、iCloudとContinuityを通した連携によって囲い込みを進めています。僕の周りにも、自分も含めてスマホはiPhone、仕事はiMac、すると出先では軽量な新しいMacBookがほしくなり、最近のiPhoneは大きいからちょっと情報を確認したりするのにはApple Watchがほしくなり、と、完全に囲い込まれているような人を見かけます。一度こうなると、他のプラットフォームに移行するのは難しくなり、どんどん囲い込まれ、気づけば高価なApple製品をたくさん買っている。その結果が、23兆円という現金保有高です。

コンピューターとネットは、今後PCやスマホにとどまらない様々な形で私たちの体や環境に入り込んできます。Apple Watchのようなウェアラブル、あるいは家や自動車など。Apple Watchのワークアウトなどはいい例ですが、それらの技術は私たちがどのように生活するかを形づくっていきます。そして、それらの製品がスムーズに相互運用して動くためには、コンピューターのOS同様AppleやGoogleのアーキテクチャを使うことになるでしょう。

ローレンス・レッシグという経済学者がいます。クリエイティブ・コモンズの設立などで有名なのですが、レッシグの理論の中に、人の行動を規定する大きな力は規範/法/市場/アーキテクチャーだ、というものがあります。レッシグによれば、規範に基づいて法が作られ、法は市場または直接の規制を通してアーキテクチャーに働きかける。このようにして私たちの振る舞いを規定するアーキテクチャーが作られてきた。ゼロ年代にはよく参照され、特に東や濱野らによる環境管理論に繋がりました。

レッシグの提唱した行動を規定する四つの力

ところが、今や私たちの振る舞いを規定するアーキテクチャーは、個々の国の法だけでは縛れないAppleやGoogleといったグローバル企業によって規定されているわけです。例えば個々の家の単位で、どのプラットフォームを主にするかを決めてモバイルや家の設備などを選ぶことが必要になってきます。そして、Apple Watchのようなロゴ入りのウェアラブルを常に身につけて、常に自分の情報をプラットフォームに伝え続けるわけです。ここまでくると、これを宗教と呼ばずしてなんと呼んだらいいでしょうか。

Appleは、カトリックみたいなものです。一神教で、華やかで、たくさんのお金を要求する。一方のGoogleはプロテスタント的で、同じく一神教ではあるものの華やかではなく実用的で、直接的にはあまりお金を要求せず、誰に対しても開かれているという顔をする。これらに対して、WebやMozillaが体現するような、よりオープンでカオスな土着の多神教のような世界もあり得るとは思います。

いずれにしても、IoTの世界を生きる私たちは、宗教と付き合うようにAppleやGoogleといったプラットフォーマーと付き合わなければならないのです。

職人の光と影:アイブはAppleのUIを立て直せるか

Appleのインダストリアルデザイングループを長らく率いてきた、ジョナサン・アイブの評伝が和訳されて刊行されました。ジョブズの在中から、ジョブズ以外でほぼ唯一対外的な発信に携わってきたこともあり、製品開発の主導的な役割を果たしていると言われてきました。本書を読むと、彼とそのチームが、製品の企画から製造工程まで、これまで知られてきた以上に大きな役割を果たしてきた一端が垣間見えます。

本書はアイブの家庭環境についての記述から始まります。アイブの父マイクは腕のいい銀細工職人であると同時に優れたものづくりの教育者でもあり、そうした血筋と環境がアイブのデザインの才能を育んでいきます。製品に見られる偏執狂的なまでの細部へのこだわりが、いかにして磨かれていったかがわかります。ジョブズは偉大なビジョナリーでしたが、アイブに代表されるような、実務のディテールを知り尽くした職人の存在なしには、今日のAppleの製品が具現化することはなかったでしょう。その姿はただただエキサイティングであり、今日のものづくりに関わる人であれば、必ず得るものが多々あるでしょう。

企業の中で成功を収めるのは、決して綺麗事だけではありません。NeXT時代からジョブズのハードウェアを支えたジョン・ルビンシュタインや、「iPodの父」として知られるトニー・ファデル、MacOS XやiOSの開発責任者を務め一時はCEO候補とも言われたスコット・フォースタールらがAppleを離れた影には、アイブとの確執があったとも述べられています。

特にフォースタールの退社後、アイブはソフトウェアのUIも担当するようになります。その成果がiOS 7以降やMacOS X Yosemiteのフラット化したUIです。アイブが優れた感性と能力を兼ね備えたデザイナーであることに疑問の余地はありません。上記のようなソフトウェアのUIも、以前と比べればIT業界のトレンドに即しつつより洗練されたものになったと言えるでしょう。しかしながら、そこにはハードウェアで見られるほどの高い完成度はありません。

iOS 7はUIのコントロールの識別しやすさという観点では、以前のバージョンに劣ります。アニメーションの使い方は冗長です。アイコンの色彩設計などにも問題があり、特に緑色は画面で見ると明らかに眩しすぎでした(この点は気付いたようで、iOS 7.1で修正されました)。iPhone 5以降画面が縦に拡大してきたにも関わらず、多くのコントロールが画面上部に置かれ押しにくくなっていることがほぼ放置されています(前の画面に戻る機能については横スワイプが導入されましたが、多くのアプリで挙動が一貫していません)。この問題はより画面の大きなiPhone 6 / 6 Plusでより悪化しています。

アイブほどのデザイナーですから、これからキャッチアップしてくる可能性は大いにありますが、その間に競合のGoogleは、Danger SidekickやPalm Web OSで常に高品質なモバイルUIを実現してきたマティアス・デュアルテの手によってAndroidのUIを劇的に向上させ、特に最新の5.0 LollipopではiOSに迫るか、通知など一部ではより優れたUIが実現されています。

常にUI / UXを競争力の源泉としてきたAppleにとってこれは由々しき事態です。Appleにできることは、アイブがUIデザインにおいてもハードウェアと同じ水準の能力を示すか、ソフトウェアUIの専門家を責任者に据えるかする必要があります。

アイブのキャリアは、職人というものの光と影に彩られています。Appleの成功にあたっては、アイブの製品開発に対する細部をこだわり抜く力が決定的な役割を果たしました。一方で、Appleがその概念を作り、常に業界をリードしてきたUIのデザインにおいては、アイブは研鑽を積んできたわけでもなく、詰めの甘さが目立つようになってきました。そのデザイナーとしての能力の眩しさが、Appleを救ったと同時に、これからのAppleの行く道を誤らせることになるのかもしれない。そんな予感を覚える一冊でした。

Apple Watchのホーム画面UIを考察する

Apple Watchのホーム画面

Apple Watch発表の興奮冷めやらぬサンフランシスコで書いています。発表された内容はとても面白かったのですが、小さい画面に丸いアイコンのたくさんならんだホーム画面のユーザビリティには疑問が出るかと思います。しかし、よく見ていくと、このデザインは小画面でアプリを選択するためにUIデザインについての様々な知見が活用されています。その内容を解説します。

ハニカム型の配置

Apple Watchのアイコンは、iPhoneなどのような直交グリッドではなく、ハニカム型に並んでいます。人間の指の特徴を考えると、画面をタップする際に接地する領域は四角というより円に近くなります。そして、円を敷き詰めて配置する際に、ハニカム型は直交格子よりも空間の利用効率がよくなります。

ハニカムと垂直格子の比較
istartedsomething.com

かつて、今のWindows Phoneになる前のWindows Mobile 6.5において、このようなハニカム型の配置が採用されていました。このような互い違いにアイコンが並ぶことで、アイコンタップの精度が向上すると言われていました。

Windows Mobile 6.5のホーム画面
istartedsomething.com

Fisheye ViewズーミングUI

デモのビデオを見ると、コンテンツをパンするにつれて画面中心近くのアイコンが拡大するのがわかります。まるで魚眼レンズを通して見ているようです。このようなUIはズーミングUIの一種であるFisheye Viewとして、情報可視化の世界では古くから知られてきました。([Furnas86]など)

デジタルクラウンを用いたズーミング

上述のような手法を用いても、多数のアプリがある場合には多くのスクロールが必要となります。そこで、Apple Watchの特徴の一つである龍頭(デジタルクラウン)を用いて、さらにアイコンの拡大縮小を行えるようになっています。

通常のサイズ

ズームアウト

まとめ

Apple Watchは、このようにホーム画面一つをとっても、ユーザビリティを深く検討し、過去の様々な知見を駆使したデザインがなされていることがわかります。多くのAppleの新製品でそうですが、ビデオを見るのと実際に触ってみるのとでは印象が変わるものと思います。

UI/UXのUって誰?プロダクトに関わるのはエンドユーザーだけじゃない

今日は、いつもと趣向を変えて、UX Advent Calendarの担当日として書かせていただいています。そこで、少し自分の来歴も織り交ぜながら、UXという仕事について思うところを書こうと思います。

私は慶應のSFCで長くモバイル/ユビキタスのUI/UXを研究した後、頓智ドット株式会社にてセカイカメラとtabのUXを担当し、現在はフリービット株式会社にて製品およびウェブのUI/UXを担当しています。多くの活躍されているUXデザイナーの皆さんの中で僭越ですが、アカデミズムの立場で長くやってきたこと、またWebではなくアプリやハードのような製品に取り組んできたことから、そうしたちょっと変わった視点でお話ができれば、と思います。 “UI/UXのUって誰?プロダクトに関わるのはエンドユーザーだけじゃない” の続きを読む

映画「スティーブ・ジョブズ」を観て

映画「スティーブ・ジョブズ」

公開開始の週末に観に行ってたんですが、忙しすぎてなかなか感想を書けませんでした。感想そのものは、他の多くの方が書かれているのと変わりません。アシュトン・カッチャーはジョブズの仕草やしゃべり方の特徴をうまくとらえていて思ったよりも好演でした。1984やMacの発表などの瞬間はやはり胸をアツくさせてくれるものがあります。

ただ、この映画の編集はいただけない。あれだけのドラマティックな人生を丸ごと2時間に圧縮するのはやはり無理があったようで、断片的なカットを繋いだだけのような映画になってしまっています。 “映画「スティーブ・ジョブズ」を観て” の続きを読む