トランプとAI、あるいは啓蒙の限界

2016年も残すところあと1日。今年もたくさんの方々にお世話になりました。個人的にも自分の会社からAmazonに入社したり、初めての著書を出すなど変化が大きかったですが、世界にとっても激動の一年でした。

特に、トランプ大統領の当選やBrexitなどは大きな驚きを持って迎えられました。いずれも共通していたのは、マスコミを含むいわゆるエスタブリッシュメントからの強い抵抗があったにも関わらず、国民の投票によって選択がなされたということです。その背景には、テクノロジーの発達とグローバリゼーションの進展がエスタブリッシュメントに利益をもたらす一方、多くの人々がその恩恵を感じられずにいる現実があります。

テクノロジーの生み出した大きな利潤は一部の企業などが独占し、ピケティが指摘したように格差は拡大する一方。今後のAIとロボットの発達は、多くの雇用の喪失をもたらすでしょう。そしてグローバリゼーションは経済全体としてみれば拡大をもたらすものの、差別化のできない労働者にとっては外国の低賃金の労働者、または移民との競争を意味します。さらに中東の不安定化に端を発するテロの頻発も、排外主義の台頭に拍車をかけていきます。

このような現状は、今生きている私たちが自明のものと思っていた科学技術の恩恵への信頼やグローバリゼーションの肯定、ひいては理性主義や人権意識といったより根源的な価値観までもを揺さぶるにいたっています。

AIの時代の訪れ

特に私の専門領域であるテクノロジーの分野においては、世の中がモバイルインターネットに熱狂する水面下で、大きなパラダイムシフトが進んでいました--もちろん今年巷でも大きな注目を集めたAIです。2012年からの数年の間に、ディープラーニングに代表される機械学習技術の成果を耳にするようになってきており、個人的にも注目していました。人間の認知/判断/行動の能力を機械が肩代わりできるようになれば、その経済的/社会的インパクトはインターネットと同等かそれ以上になるのは明らかです。

そんな中で、たまたまITの歴史についての本を書かないかというお声がけをいただき、素人なりに勉強をして書いたのが「人工知能は私たちを滅ぼすのか」です。おかげさまで大きな反響をいただき、Amazon計算機カテゴリ1位、楽天テクノロジーアワードRuby prize、代官山蔦屋書店2016年上半期ベスト(科学/技術部門)などの成果を上げることができました。また多くの専門家や有識者の方と意見を交わす機会にも恵まれました。

啓蒙の弁証法

そんな中の一人で、玉川大学で哲学を教えられている岡本裕一朗先生とお話しした際に、「啓蒙の弁証法」という哲学書について教えていただきました。これはもう70年も前の本ですが、著者らはナチスドイツを逃れてアメリカに渡った亡命者たちでした。実はこの著者たちが取り組んだ問題は、上で述べた今日の世界のそれにとても近いものでした。

近代の世界を形作った啓蒙思想というものは、自然および宗教の抑圧から人間を解放しようとしたもので、結果的に科学主義や民主主義、平等主義などをもたらしました。しかし、ナチスはそのような啓蒙に対する反動だったかというと、民主的な選挙で政権を奪取しており、しかも科学技術への高い熱意で知られていました。

このような逆説がなぜ生じるのか、という疑問に対する著者らの答えは以下の通りです。人間は、自然や宗教を理性によって客体化することで、迷信や恣意性から逃れて理解/操作できるようにすることでその特権性を解体して征服しました。その結果訪れたのが、私たちの生きる近代の世界です。ところが、啓蒙の論理は、人間以外の自然だけでなく、人間自身にも適用することが可能です。その結果、人間の尊厳や存在の意味も、自然や宗教に対して行われたのと同様に疎外してしまえます。ナチスがユダヤ人や障害者らに対して行ったあまりにも非人間的な所業は、このように啓蒙と理性そのものに内在する性質によってもたらされたというのです。

これは70年前の議論ですが、ビッグデータとAIが私たちを客体化する今日の状況をあまりに正確に描写していて驚きます。IoTとウェアラブルデバイスは、私たちをますますビッグデータの束として客体化するでしょう。そして経済と労働の社会システムは、生産性の旗印のもと私たち一人一人の生を、効率的に運用するようになります。

新しい対立軸

現代のエスタブリッシュメントが、トランプ大統領の誕生やBrexitの可能性を見誤ったのは、啓蒙という価値観の恩恵に預かる側であるため、その絶対性を信じて疑わなかったからです。ですが、多くの人々は今、テクノロジーとグローバリゼーションという啓蒙の申し子が、自らに奉仕するものではなく、むしろ疎外するものだと感じるようになっています。その結果が、啓蒙の価値観からすれば反動的と思えるような意思決定が立て続けに起こるという事態です。

このように、2016年という年は多くの歴史的な事件が起こりましたが、その背景にはより大きな世界観、価値観の揺らぎが生じています。アドルノとホルクハイマーは、啓蒙が自らの危険性を乗り越えるためには、自らの暴力性についての理性による反省が必要だと論じました。これはそのまま私たちテクノロジー産業の当事者にも当てはまります。私たちがテクノロジーを人間の尊厳や価値と一致させるようにデザインしない場合、そこにはとてつもない人間の疎外、そして疎外された人間からの苛烈な反撃が待っているでしょう。

「人工知能は私たちを滅ぼすのか 計算機が神になる100年の物語」刊行のお知らせ

人工知能は私たちを滅ぼすのか 計算機が神になる100年の物語 表紙

今日のIT業界で最大の話題は、間違いなく人工知能技術です。人工知能で自動運転ができるようになった、囲碁のプロに勝ったなど、人工知能の進化に関するニュースを目にしない日はないといっていいくらいです。

しかし、人工知能の歴史について少しでも知っている人なら、疑いの目を向けずにはおれないでしょう。今までも、2回の人工知能ブームがあり、そのたびに結果は幻滅に終わりました。今回は何か違うのか。

はっきり言います。今回はこれまでのブームとは異なり、賢い機械が本当に私たちの生活の中に入ってきます。インターネットは、情報/メディア産業などを根本からひっくり返しました。しかし人工知能の持つインパクトは、そうした産業を超えて、私たちの生活と仕事のあらゆる側面を根本から変えていきます。

20年前、Windows 95が発売されてインターネットブームが起こりました。20年を経た今、日本の情報/電機産業は、シリコンバレーのIT産業に完膚なきまでに叩きのめされました。それが失われた20年となり、大手電機メーカーの実質破たんと切り売りなどをもたらしました。

私は大変な危機感を抱いています。このままだと、今後の15-20年間、人工知能についてまったく同じことが起きるでしょう。そして、日本の産業は、おそらくこの競争にも負け、日本は経済や産業や科学技術のトップランナーの座から滑り落ちていることでしょう。

私には、小学一年生の甥がいます。本書は、彼と同い年の主人公が暮らす2030年の世界を舞台とした物語として描きました。その世界では、主人公は大学の卒業と就職を間近に控えています。その時、私たちは、彼らに、豊かで将来への希望のある社会を残すことができるでしょうか。私たちはそうした瀬戸際に立っています。

そのような思いで、本書を執筆しました。私がITに本格的に取り組み始めてから、早いもので25年も経ってしまいました。その間、更にはそれよりも50年もさかのぼって、コンピューターとITがどのように形作られ、世界を変え、そしてなぜ今のタイミングで人工知能が現実のものになりつつあるのか。その先にはどんな世界が待っているのか。一年間の時間をかけ、自分の経験と知識のすべてをこの一冊に注ぎ込みました。

コンピューター、IT、人工知能に詳しい方でも、そうでない方でも、これからの世界に対する見方が変わる。そんな本になったと自信を持っています。

発売は3/18で、現在Amazonなどで予約が可能です。Kindle版も同時に発売になる予定です。少しでもご興味を持っていただけたら、どうかさわりだけでも読んでみていただければと思います。

下記に、本書の冒頭を引用します。

はじめに

今から少しだけ未来の、2030年の世界を想像してみましょう。私たちの暮らしは、仕事は、どのように変わっているでしょうか。その変化をもたらす要因は何でしょうか。経済?国際政治?それらももちろん影響はあるでしょう。

では逆に、15年前と今とで何が一番違うでしょう?日本は相変わらず不景気でした。9.11のテロが起こり、「テロとの戦い」が始まった頃でした。

意外と大した変化は起こっていない?当時の写真や映像などを見ると、今と決定的に異なっている点が一つあります——誰もスマートフォンを持っていないのです。
21世紀に入ってから、スマートフォンやインターネットのようなITほど私たちの暮らしを変えたものはありません。かつて、ソニーの社長だった出井伸之氏は、「インターネットは古い産業を滅ぼす隕石である」と述べました。

今日、スマートフォンやインターネットに匹敵する、もしかしたらそれ以上のインパクトをもたらすパラダイムシフトがITの世界に起こっています。その中心にあるのは、人間のように知覚し、考え、行動する、人工知能の技術です。

人工知能の研究は、20世紀半ばに始まってから、長らく日の目を見ずに来ました。ところがこの数年間、開発が飛躍的に進み、見たり聞いたりするものを人間と同じレベルで認識したり、自動車を運転したり、中には高度な仕事やゲームでも人間を打ち負かすものが現れてきました。

人工知能は一体どこまで賢くなるのか。その結果、人間の仕事が人工知能に奪われたりするのではないか。さらにその先に、「ターミネーター」のように人類を滅ぼそうとするのではないか。そのような不安が、SFの絵空事ではなく、現実味を帯びてきています。

本書では、人工知能が私たちの暮らしや仕事にどんな影響を及ぼすのか、そして人工知能とどう向き合えばいいのか、といった疑問に答えたいと思います。
筆者は、実は人工知能の専門家ではありません。まだ10代だった90年代から20年以上にわたって、ユーザーインタフェースやユーザーエクスペリエンスと呼ばれる、人間とITの関係のデザインに取り組んできました。大学で博士号を取り、その後はIT企業の製品マネージャーや、IT製品開発のコンサル企業を創業するなどしてきました。
その中では、スマートフォンやインターネットをはじめ、バーチャルリアリティーやロボット、そしてもちろん人工知能などさまざまな種類のITにかかわってきました。

筆者のこのような経験から、本書では人工知能の技術的な側面というより、より大きなITというものの一部として、人工知能と私たちがどのような関係を作れば良いかということに焦点を当てています。

そのために、本書では、2030年に大学生をしているマリという普通の女の子が、100年にわたる人工知能の開発の歴史を学んでいくという構成をとっています。各章の冒頭で、人工知能が実現しているであろう2030年の世界について描き、それを実現する背景になる歴史について解説していきます。

人工知能と、スマートフォンやインターネットのようなITは、その成り立ちが一般に知られている以上に密接に関わっています。ITの歴史の中では、様々な開発者達が、それぞれの信念、アイデアのもとに人工知能やパーソナルコンピューターなどの設計思想(アーキテクチャー)を作っていきます。その歴史を知ることではじめて、現在と未来の人工知能について理解することができます。

そうした開発者たちの信念やアイデアへの情熱は、宗教家の信仰へのそれに通じるものがあります。彼らの究極のゴールは、私たちのように感じたり考えたりする心を持った機械を実現することです。人工知能を作るということは、もしかしたら私たち人間に許されていない、神の領域へ足を踏み入れることなのかもしれません。

そう考えた時に、人工知能のこれまでとこれからの行く末を読み解く手掛かりとして、キリスト教の聖書が一つの道しるべとなりました。人工知能の100年の物語が、聖書の物語と不思議なほどに符合していることは、著者自身にも正直言って驚きでした。

本書は、二部構成を取っています。

第一部 コンピューターの創世記においては、今日私たちが日常的に使っているパーソナルコンピューターやスマートフォン、インターネットなどのITがどうやって作られてきたかという歴史を紐解きます。そこでは、コンピューターと人工知能の概念を発明しながら、アダムとイブのように禁断の果実をかじって死んだ悲劇の天才アラン・チューリングの物語が中心となります。

第一部は、特に若い方など、今日の人工知能の背景となっているこれまでのコンピューターの発達について詳しくない方に向けて書いています。そうした歴史に詳しい方は、第二部から読んでいただいてもよいかと思います。

第二部 人工知能の黙示録においては、人工知能が急速に発達して神のような存在になっていくこと、その結果私たちの暮らしや仕事に起きる変化、さらにその先に訪れる「最後の審判」に迫っていきます。人工知能は、果たして私たちを救うのでしょうか、それとも滅ぼすのでしょうか。

さあ、その疑問に答えるため、マリたちと一緒に、100年の時空を超えた旅に出ましょう!この旅の終わりに、マリ、そしてあなたが、人工知能というものとどう向き合っていくのか、その答えを見つけてもらえればと思います。

2016年の世界の産業/安全保障とAI

あけましておめでとうございます。

2015年を通して、世界は大きな混乱へと向かっています。一方で、AIのようなテクノロジーが急速に発達し、経済から安全保障まで大きな影響を及ぼしつつあります。

新しい年を迎えるにあたって、デザインやUXやITに限らない世界の現状、そしてその中でテクノロジーの果たす役割について書いてみたいと思います。

アテネ、リュカヴィトスの丘からの眺め

国家が破綻するということ

今年の9月に、お休みをとってギリシャに行ってきました。ちょうどEUへの債務不履行によるデフォルトの危機が迫っており、政権の信任を問う総選挙を間近に控えているなど、人にはどうしてこんな時に、と言われました。昔から、ヨーロッパの文明の源流に触れてみたいと思っていたこともありますが、同時に国の経済が破綻すると何が起きるのかこの目で見てみたい、という気持ちもありました。

5日間で、ハネムーンなどで人気のサントリーニ島と、アテネを訪れてきました。意外だったのは、いずれも観光客で大いに賑わっていたことです。サントリーニ島は昼夜を問わずヨーロッパ系とおぼしき多くの観光客で賑わい、ホテルのプールではトップレスで日光浴をする女性に私たちアジア人の夫婦は目のやり場に困りました。アテネではアクロポリスやゼウス神殿などの有名な遺跡の周辺は人で溢れており、観光客向けのレストランなども活気付いていました。

もっと日本人や中国人や韓国人を見るかと思いましたが、政情不安の影響からか少なかったように思います。ギリシャに行って感じたのは、ここはやはりヨーロッパ人にとっての心の故郷だということです。それは政情不安や悪い経済状況などとは関係がないということがわかりました。実際、EUはその後ギリシャの債務を先送りし、ギリシャがEUを離脱するといった事態は避けられました。

とはいえ、アテネの街を散策してみると、景気の悪さは如実に感じられます。メンテナンスのされていない街路のコンクリートは荒れ、建物は落書きがされ放題。銀座のようなショッピングストリートの店も多くがシャッターが下りていました。駅や繁華街にはホームレスがたむろし、夜には駅前の広場でのパンクバンドのパフォーマンスで若者は憂さを晴らしていました。これと比べたら、東京どころか、福岡や仙台などの地方の主要都市の方がよっぽど栄えています。

日本の国力の低下

しかし、今年は日本の国としての力の低下を感じさせるようなニュースが相次ぎました。日本の一人当たりGDPは香港やイスラエルに抜かれ、先進国の中での順位は下降の一途をたどっています。私たちのデザインの世界でいえば、国を挙げたイベントであるオリンピックへ向けた新国立競技場やエンブレムのデザイン決定をめぐって頻発したトラブル。その背景には、行政のガバナンス力の低さ、また日本のクリエイティブ産業に横たわる利権の構造などが露呈しました。

ガバナンスについていえば、東芝の不正会計--もっと言えばこれは明確な粉飾だと思いますが--も衝撃的でした。東芝といえば、私たちがその製品に慣れ親しみ、経営者が経済団体の代表などを歴任するなど日本を代表する企業です。そうした企業において、事実上の粉飾が複数の世代の経営者にわたってなされていました。そしてそれは、ウェスチングハウスの買収による原発事業への参入という経営者の失策を覆い隠すためでした。

日本の経済成長を支えた製造業にはかつての輝きはもはやありません。ほぼ唯一と言っていい息を吐く自動車産業は、今後ガソリンエンジンからの転換および自動運転などのパラダイムシフトを生き抜くという重い課題を背負っています。

今日の産業のパラダイムシフトの要因:AI

このような産業のパラダイムシフトをもたらしている最大の動因はなにか。今後重点的な投資がなされないとならない分野はなにか。その答えは明確です。それはAIです。

AIというとHAL2000や鉄腕アトムのような、人間のような受け答えをするものを思い浮かべるかもしれません。しかし、今日のAIの本質はそういうものではありません。WebおよびIoT機器のセンサーネットワークから集められるビッグデータ。それを記録して処理するクラウドコンピューター。その上で動くディープラーニングなどのアルゴリズム。こうした技術の集合が、今日のAIの正体です。

かつてソニーの社長だった出井伸之氏は、「インターネットは隕石であり、古い産業を恐竜のように絶滅させる」と言い、事実その通りになりました。(結果的にソニーが「恐竜」の側に含まれたように見えるのは皮肉なことです。)これになぞらえて言うなら、今日のAIはブラックホールのようなものです。それは情報関連にとどまらず、あらゆる産業を飲み込んでいきます。

日本においても、AI/ロボットを活用することができれば、製造業の競争力を回復させたり、高齢化に対抗して生産性を伸ばすことなどができるかもしれません。一方で、AIにおいてもインターネット同様基盤となる技術やシステムを他国に握られた場合、経済に受けるダメージはインターネットのそれの比ではありません。日本は、もう一度第二次大戦後のような焼け野原、あるいはギリシャのような衰退国への道を歩むことになるでしょう。

新しい戦争の時代

ギリシャはもう一つ、大きな国際問題に関わっていました。それは、今日の世界で人道上の最大の問題の一つ、シリア難民です。シリアの2200万人の人口のうち、去年すでに400万人が国を逃れて難民となったそうです。地理的に中東からヨーロッパへ入る窓口に位置するギリシャには、ドイツなどヨーロッパの国への亡命を目指す難民が押し寄せました。私たちも、アテネの路上で過ごす、難民とおぼしき家族などを見かけました。

アラブの春と、その後の混乱につけ込んだISの勢力拡大は、中東に大変な混乱をもたらし、その余波は難民、さらにはフランスで発生したテロなどの形で欧米にも及んでいます。パリのテロの後の選挙では極右の国民戦線が大きく勢力を伸ばしました。またアメリカでも散発するテロが後押しする形でドナルド・トランプのような排外主義者が支持を伸ばしています。

ヨーロッパにおいてナショナリズムと排外主義がさらに勢いを増せば、欧州の統合と拡大というEUの理想は大きく後退せざるをえなくなります。これ以上、ISが目論むような欧米とイスラム原理主義との「文明の衝突」が進んでいくような悪循環に陥れば、世界は20世紀の世界大戦や冷戦のような時代に逆戻りすることになります。このような事態だけはなんとしても避けなければなりません。

かつてのアルカイダ、あるいは今のISを名乗るテロは、かつての民族主義運動などのように中央集権的に組織されているわけではなく、今日的な分散ネットワーク型の組織として行動しているように見えます。このような組織活動が可能になったのは、もちろんインターネットなどの技術のおかげです。対するアメリカなども、遠隔操縦のドローンを用いた爆撃による反撃を行っています。

20世紀の世界大戦は「前線と銃後の区別をなくした総力戦」が特徴だと言われますが、21世紀の戦争はさらに進んで、いつどこが戦場になるかわからない、ユビキタスネットワーク型、あるいは離散型トポロジーの戦争ということができます。

インターネットやソーシャルメディアによって、社会の流動性やつながりは増え、今の自分のようなフリーエージェント/ノマド的な働き方などがやりやすくなりました。しかしその恩恵を被るのは生産的な活動だけではなく、テロリズムや戦争行為などの破壊的な活動も含まれるのです。そのネガティブな側面は、今後自立型のドローン/ロボット兵器の登場によってますます悪化するでしょう。ここでもAI/ロボット技術が大きなインパクトをもたらします。

新しい年へ向けて

このように、今後の世界の産業と安全保障について考えた時に、WebとIoT機器、クラウドコンピューティング、ビッグデータ、機械学習アルゴリズムなどの総体としてのAI技術が何より重要になってくるのは明らかです。これまでも大枠ではITに全体的に関わりを持ってきたものの、今年はよりこれらの技術のコアに近いところで活動/発信を行っていくつもりです。

今年もよろしくお願いいたします。

VRとAIがもたらす次世代UI

Ginger bread man

(本記事は、UX Tokyo主催UX Advent Calendar 2015向けに書きました。)

2015年、タッチの限界

2007年にアップルがiPhoneに搭載したマルチタッチは、私たちがコンピューターと対話する劇的に新しい方法をもたらしました。特に携帯電話においては、それまでの物理キーを駆逐し、最もよく使われるUIとなりました。タッチは携帯電話にとどまらず、この8年の間にタブレット、さらにはPCにまで取り入れられてきました。

ですが、これらのタッチUIのイノベーションは、この短い期間でもやり尽くされた感があります。スマホの進化は大画面化や性能の漸進的な向上にとどまり、タッチを普及させた立役者であるアップルも大きな変化は起こせていません。今年のiPhone 6sシリーズの3Dタッチは新たなUIを提案するものですが、今のところ元のマルチタッチのようにパラダイムを変えるほどの変化にはなっていません。

タッチがUIとして優れているのは、手で触れるという行為が人間にとって直感的なものだからです。しかしその触れることが、そのままUIとしての限界にもなっています。例えばApple Watchに代表されるウェアラブル機器にもタッチで操作するものが多くありますが、小さい画面ではやはり無理があります。一方でSurface ProやiPad Proのような12インチクラスの画面を備えた「生産的なタブレット」も新たなトレンドになってきましたが、大きすぎるとまた手にあまるため、それらの機器ではスタイラスペンの使用が前提になっています。さらに、そうしたサイズになればもはや携帯機器としていつでもどこでも使うものではなくなってきます。

まとめると、タッチUIは4-10インチくらいの画面を備えた機器がスイートスポットであり、表示面積のあまりないウェアラブル機器や、より大きな表示を扱うのには向いていない。結果、デジタル機器が今のスマホやタブレットを超えて多様な生活シーンに入っていくためには、タッチではないUIを開拓する必要があるということです。

2015年という年は、タッチUIの限界が見えると同時に、その先にあるUIがかいま見える年でもありました。次世代のUIをもたらすと考えられるのは、二つの技術。それはVRとAIです。

VR/ARによって環境のすべてが情報になる

2015年のITの世界で最大の話題となった一つはVRでした。VRのブームのきっかけを作ったOculusが矢継ぎ早にプロトタイプを公開し、来年初頭には初の一般向けモデルを発売します。Oculusと連携しているサムスンは、本家に先駆けてGalaxy向けのGear VRヘッドセットを一般向けに発売しました(日本でも間もなく発売)。ゲーム業界からの参入もあり、特にソニーもPlayStation VRで家庭用VRゲームに参入します。

今ここではない環境に完全に没入することのできるVRの主なアプリケーションは、特に当初はゲームが中心になると考えられます。アトモスでも、VRゲームを試作してみました。

さらに、株式会社スポーツITソリューション様と、Kinectを組み合わせてVR空間の中でキックボクシングのエクササイズができるコンテンツの開発を行いました。(下の動画はChromeだと360度パノラマとして再生することができます。)

このように完全に没入するVRに対して、周りの視界を遮らずに、その中に仮想のオブジェクトを重ね合わせて表示するARも、今年は大きな注目を集めました。その代表例が、MicrosoftのHoloLensです。

アトモスでは、昨年から引き続きEarth Literacy Program様と、地球儀にARで情報をオーバーレイする地球メガネの開発を進め、仙台で開催された国連防災世界会議への出展などを行いました。

またちょっと特殊な形ではありますが、アスラテック株式会社様のV-Sidoを遠隔地のWebアプリからリアルタイム制御することのできる開発プラットフォーム「Web Controller for V-Sido CONNECT」、およびその上で動くAR的なUIを開発しました。

これまで見てきたように、VR/ARの表現によって、タッチパネルという物理的な板面に縛られず、環境のすべてや、その中の地球儀やロボットなどの物とインタラクトするUIが実現できるということがわかります。

アトモスでは、引き続きVR/ARを用いたUIのイノベーションを推進しています。

コンピューターはAIへと進化する

2015年さらに大きな注目を集め、ひょっとすると長期的にはVR以上の革新をもたらすと期待されるのが、AI技術です。

特にUIの観点からは、AI技術を用いた対話型エージェントが広く利用されるようになってきました。Apple Watchのようなウェアラブル機器、アプリに対応した新型Apple TVなどにおいて、AppleはSiriをUIとして積極的に用いています。IBMは2013年にクイズ番組で人間のチャンピオンを破って大きな話題を呼んだWatsonを外部開発者が利用できる開発環境を整え、コールセンターなどを中心に採用が進んでいます。また今年はPepperが発売され、店頭などで接客をする姿を普通に目にするようになりました。

AIは対話型エージェントという形に縛られず、ITサービスに大きなインパクトをもたらしつつあります。その一例が、今年GoogleがリリースしたGoogle Photoです。写真に写っている人や物をあまりにも正確に認識するので、便利であると同時にちょっと怖くなります。GoogleはまたTensol FlowやVision APIなど、そうした機械学習のライブラリをオープンソース化して公開しています。

Appleはともかく、IBMやGoogle、日本のPFNなどは、AI技術の積極的な開発に取り組むと同時に、その成果を積極的に外部開発者に公開し、自社のエコシステムに取り込もうと競争を繰り広げています。これはまずAndroidなどのモバイルOSのように、より多くのアプリ/サービス開発者の支持を得た方が優位に立つ、という事情があります。加えて、機械学習を活用するためには一般に大規模な学習データが必要です。テクノロジー企業は必ずしも特定領域の良質なデータを持っているわけではないので、そうしたデータを得るためにもライブラリは積極的に提供していくという流れになっています。

ではアプリやサービスの開発者は、今後この流れにどのように向き合えばよいのでしょうか。まず、ウェアラブルやIoT向けのUIの中では対話型エージェントの利用は広まると考えられるため、対話のインタラクションデザインに取り組む機会が増えるでしょう。さらに、より深くサービス設計に入っていく場合、機械学習ライブラリについての知見を得て、どのようなデータを入力すればどのような分析や分類や応答ができるか、といった知見が求められるようになっていきます。

AIはこのように、デジタルサービスのデザイン、ひいては社会全体に劇的な影響を中長期的に及ぼしていくことになります。実は今年、あるプロジェクトのために、かなり長期間にわたるAIのリサーチを行ってきました。来年の初めに、このプロジェクトについて公開することになりますので、乞うご期待。

2016年へ向けて

人々の役にたつサービスをデザインできるかどうかというデザイナーの役割は、いつの時代も変わることはありません。私たちテクノロジー領域のデザイナーは常に新しいテクノロジーを学び、それを誰よりも使いこなし、正しいカタチにデザインする能力が求められます。2016年は、かつてなく私たちデザイナーに大きなチャレンジが課せられる年となりそうです。

Happy holidays!

人工知能は人類を滅ぼすか-「人工知能 人類最悪にして最後の発明」

人工知能 人類最悪にして最後の発明 表紙

ダイヤモンド社様よりご献本いただきました。

この数年の人工知能の発展は目を見張るものがあります。Googleの新しいPhotoサービスなどでも機械学習による内容の認識の精度は、少し怖くなるくらいです。このまま人工知能が進化を続ければ、いつか人間を上回るくらい賢くなり、人類の敵になるようなこともあるのではないか。そんな懸念は長らくSFの話だと思われてきましたが、現実的な脅威としての検討が必要になりつつあります。

筆者は、人工知能の専門家ではなくドキュメンタリー映画の監督ですが、シンギュラリティー論で知られるレイ・カーツワイル、MITの人工知能研究所長を勤めたロドニー・ブルックス、「2001年宇宙の旅」のアーサー・C・クラークらにインタビューするうちに、AIが一般的に考えられているよりも急速に人間を超えるほど進化すると思うようになります。同時に、そうして進化した人工知能が、私たち自身のように人間のためになるよう振る舞うのは、私たちが物事を擬人化してしまう希望的観測でしかないと主張します。

筆者が特に強調するのは、人工知能が人間と同等(Artificial general Intelligence)になった瞬間に、人工知能は自らをより賢く再設計できるようになる。しかも、そのような進化を人間と異なり即座に行うことができるため、あっという間に人間とは桁違いに賢くなっていってしまう。これはカーツワイルらがシンギュラリティー論でも主張している論点です。そのような超知能(Artificial Super Intelligence)は、人間がアリのことを気にかけないように、人間のことは気にかけないだろうと述べます。結果、高い確率でASIは人類を滅ぼすことになるだろうと。

筆者は、同様の問題意識を持った個人や団体との対話を通じて、このような危機意識を確信に変えるとともに、人工知能が人類の敵にならないように取れる方法を探っていきます。

筆者の抱くこのような危機感は、決して杞憂とはいいきれません。ビル・ゲイツ、イーロン・マスク、ビル・ジョイのような先端技術に造詣の深い専門家が、同様の懸念を表明しています。それくらい、近年の人工知能の進化が飛躍的なものだという点は、僕も同感です。

一方で、筆者は技術のバックグランドではないため、様々な専門家の話を聞きそうした人々の論文や著述を読み込んでいるものの、技術のディテールについての記述はあまりなく、その点が人工知能技術の現状についてのリアリティを感じにくくしています。

公開されている人工知能システムやロボットは、パターン認識に基づく行動については高い性能を発揮するようになっているものの、状況に応じた自律的な判断を行ったり自ら目的を設定するまでには至っていません。筆者が危惧するような、自分を自律的に設計し直すほど高度な知能とは、まだ大きな開きがあります。もちろん、筆者やカーツワイルが主張するように、指数関数的に性能向上するITに支えられて人工知能技術が同じペースで進化することで、短期間(10〜20年程度?)にそのようなAGIにたどり着く可能性はあります。

人工知能にかかわる人や、興味のある人であれば、その危険性についてきちんと考えておくのは必要なことだと思います。本書は、そのような議論への、優れた入り口を提供してくれます。