2017雑感

今年も今日一日を残すのみとなりました。一年を通して本業がとても充実しており成果も上がったのですが、それ以外にも印象に残る出来事が色々あったので、まとめてみようと思います。

Instagramから今年の9枚


「IoTは三河屋さんである-IoTビジネスの教科書」出版

「IoTは三河屋さんである」表紙
今年韓国でも発刊させていただいた「人工知能は私たちを滅ぼすのか」に続き、マイナビ新書さんから二冊目の著書を出させていただきました。前作よりも、より今日のビジネスに直結した内容になっていますので、IoTにご興味のある方にはご一読いただければ幸いです。特に、IoT製品の主役はインターネットおよびサービスの側であり、エッジのハードウェア側の付加価値向上によるコストアップは時に事業の成功には足かせになりかねない、という理解が広まればと思っています。


iPhone X

iPhone XコンシューマーIT製品における2017年最大の話題といえば、iPhone Xでしょう。幸い発売日に入手することができ、以来メイン機として愛用してきました。果たしてiPhone Xはアップルがいうような「スマホの未来」になるのでしょうか。現在手に入れることのできる最良のスマートフォンというファーストインプレッションに変わりはありません。これまでの4.7インチ画面のiPhoneとあまり変わらなず片手で扱いやすい本体サイズに詰め込まれた、ほぼベゼルレスの対角5.8インチの有機ELディスプレイは、確かに素晴らしいエクスペリエンスを提供してくれます。またカメラも歴代のiPhoneの中では最高で、被写体や周囲の光環境によらず美しい写真を撮ってくれます。ただしベゼルレス/ボタンレスにこだわったことにより、コントロールセンターと通知センターが扱いにくくなったり、ランドスケープモードの操作性が十分考慮されておらず動画を全画面表示にするとセンサーハウジングで一部隠されてしまったり、キーボードが使いにくいなど、UIデザイン上の綻びが散見されます。またFaceIDは指紋認証と比べて遅い、マスクをしていると使えない、Apple Payの認証が行いにくくなったなど、果たして本当に改良と言えるのか疑問も残ります。これまでのアップル製品でも、デザインのパラダイムが大きく変わった最初の世代の製品には磨き残しも多いものです。X世代のiPhoneが7や8と同程度に洗練されるまでには、まだ2-3世代待たなくてはならないでしょう。


反脆弱性-不確実な世界を生き延びる唯一の考え方

「反脆弱性」表紙
今年読んだ本は色々あれど、日本で出版された本の中ではこれがベストでした。今日のネットワークで繋がる世界は、相互の複雑な干渉によって高い不確実性、カオス性に晒されています。著者のタレブの専門であるトレーディングはその代表例です。代表作である「ブラック・スワン」から本作まで、タレブは一貫して、破滅的なリスクを避けるだけではなく、積極的にチャンスに投企する姿勢を推奨します。例えば今年ビットコインに投資した人などはその好例でしょう。コントロール可能な範囲でリスクをとることは、インターネット後の世界を生きていく上で避けては通れないのです。


ドラクエ11

ドラクエ11オープニング画面僕は10以外は全部クリアしてるんですが、7以降はイマイチ好きになれず、本作もあまり期待せずに始めました。しかし、蓋を開けてみたらシナリオ、キャラクター、ボリューム、ゲームバランスなど、シリーズ最高ではないかと感じるレベルの傑作でした。特に、これまでと異なり今作のプレイヤーは初めから「勇者」という特権的な立場には立たせてもらえません。むしろこれまでになかったような逆境が何度も襲ってきます。そのような場面の中で、ある登場人物が主人公にこんな言葉をかけます。「勇者とは、決して諦めない者のことです!」体験者が能動的に行動するゲームというメディアの特性を最大限に活かした物語でした。

またインタラクションデザインの観点から凄みを感じたのが、PS4/3DS(3D)、3DS(2Dドット絵)の3種類の全く異なる表現で同時リリースしたこと。マップデザインやバランス調整は実質3本のゲームを開発する手間がかかったはずです。本作はあらゆる意味で日本の国民的ゲームとしてのドラクエの集大成的な作品でした。


2017年はどんな年だったか

2017年は個人的にも公私ともに充実した年でした。IT産業を見ても、AI、IoT、xR、暗号通貨に代表されるような新しいトレンドが具体的な形になって現れてきた一年でもありました。それは、それらのテクノロジーが多くの人にとって体験できる形になってきたためだと思っています。今年は、これまでで最も自分自身がそうした体験の実現に関われた年だったのが何より嬉しいことです。来年も引き続き素晴らしい体験のプロダクトを作っていきたいと思います。


おまけ:夏休み@ハワイ

夏はお休みをいただいてオアフに行っていました。ダイヤモンドヘッドではハワイの大地に、サンドバーでは海に、ノースショアでは虹とサンセットに触れることができました。都会に暮らしていると忘れてしまう自分と地球との繋がりを取り戻せたように感じました。

ダイヤモンドヘッド
ダイヤモンドヘッド
サンドバー
サンドバー
ノースショアの虹
ノースショアの虹
ワイキキのサンセット
ワイキキのサンセット

未来には、誰でも15分間は世界的な有名人になれるだろう(ただし、同じ時間で破滅もするだろう)

Andy_Warhol_Museum_hallway_wall

未来には、誰でも15分間は世界的な有名人になれるだろう

1968年、アーティストのアンディ・ウォーホルは名声や有名人について語る中でこんな言葉を残しました。一本の動画やツイートが一瞬にして世界中に広まる今ほどこの言葉がふさわしい時代はあるでしょうか。

人は感情的な生き物です。誰もが共感できるような、意義深い内容があれば、人に共有したいと思うものです。特にそれが自分にとって都合のいい言葉であれば、信じてしまいたくなるものです。結果的に、発信者は注目や尊敬を集めることができます。ソーシャルメディアで発信をしている人であれば、人に感銘を与えたり、注目を集めたいという気持ちは少なからず持っているものではないでしょうか。少なくとも自分はそれを否定しません。

残念ながら、世の中にはそれが行き過ぎて、人から見える自分を現実の自分よりもはるかに大きく見せて、エゴを満たすだけでなく、地位や金銭、セックスなどを得るための手段にしようという輩が存在します。

幸か不幸か、仕事をする中でそういう連中を目の当たりにする機会がありました。騙されてお金や信用を失ったり個人の尊厳を傷つけられてしまうような人が一人でも減るように、彼ら彼女らに見られる共通した傾向を書いてみます。

まず、世間の悪人のイメージからはかけ離れて、彼ら彼女らは明るく社交的で、人間としては魅力的です。検証しにくい海外の有名大学や有名企業でのキャリア、有名人との人間関係などを誇ります。

ソーシャルメディアで刺激的な投稿をして多数のフォロワーを獲得しています。また著書を出している場合も多いですが、多くの場合は自らの誇張された成功談と、そこから導き出された社会や人生についての教訓めいた「いい話」が中心。具体的な売上や技術の詳細などに触れる場合は少ないです。

発信は一般的に、特定の専門分野について詳細に述べるというよりも、時々の話題のトピックに対して、常識とかけ離れた意見を述べることで、注目を集めることを内容の正否に関わらず優先します。特に社会のエスタブリッシュメントを攻撃して、持たざる人間の溜飲を下げようとします。典型的には科学や、大企業や、保守的な価値観などを攻撃します。疑似科学を持ち上げることが多いのも特徴です。

彼ら彼女らの好きな言葉は「グローバル」「イノベーション」「アントレプレナーシップ」「ノマド」「プラットフォーム」「創発」。いずれもハイリスク/ハイリターンで自由度が高く、聞き手に夢を与えますが、本人が当事者であることはごく稀です。にも関わらず、他人にはリスクテイクを推奨し、自らはリスクを取らず著書やセミナーやコンサルティングを通して利益をあげます。

彼ら彼女らはいつまでも我が世の春を謳歌することができるでしょうか?世の中そこまで甘くありません。冒頭紹介したウォーホルの言葉は、裏を返せば15分間で破滅する時代でもあることを暗示しています。今の世の中で注目を集めるということは、それだけ多くの評価の目に晒されるということでもあります。虚像はいつしか暴かれ、彼ら彼女らは一転して世間から石を持って追われることになります。

ではどうすれば、こうした詐欺師を見抜けるでしょうか?実は簡単です。本当に意義のある仕事をしている人は、一日10回もツイートしてる暇はありませんし、内容のない本の執筆やセミナーの開催にかまける時間もありません。仕事の内容や結果を出すために日々努めています。綺麗だけど空疎な言葉にかまけて時間をムダにするのはもうやめましょう。あなた自身が価値を生み出すことに時間を費やすほうがよっぽど有意義です。

トランプとAI、あるいは啓蒙の限界

2016年も残すところあと1日。今年もたくさんの方々にお世話になりました。個人的にも自分の会社からAmazonに入社したり、初めての著書を出すなど変化が大きかったですが、世界にとっても激動の一年でした。

特に、トランプ大統領の当選やBrexitなどは大きな驚きを持って迎えられました。いずれも共通していたのは、マスコミを含むいわゆるエスタブリッシュメントからの強い抵抗があったにも関わらず、国民の投票によって選択がなされたということです。その背景には、テクノロジーの発達とグローバリゼーションの進展がエスタブリッシュメントに利益をもたらす一方、多くの人々がその恩恵を感じられずにいる現実があります。

テクノロジーの生み出した大きな利潤は一部の企業などが独占し、ピケティが指摘したように格差は拡大する一方。今後のAIとロボットの発達は、多くの雇用の喪失をもたらすでしょう。そしてグローバリゼーションは経済全体としてみれば拡大をもたらすものの、差別化のできない労働者にとっては外国の低賃金の労働者、または移民との競争を意味します。さらに中東の不安定化に端を発するテロの頻発も、排外主義の台頭に拍車をかけていきます。

このような現状は、今生きている私たちが自明のものと思っていた科学技術の恩恵への信頼やグローバリゼーションの肯定、ひいては理性主義や人権意識といったより根源的な価値観までもを揺さぶるにいたっています。

AIの時代の訪れ

特に私の専門領域であるテクノロジーの分野においては、世の中がモバイルインターネットに熱狂する水面下で、大きなパラダイムシフトが進んでいました--もちろん今年巷でも大きな注目を集めたAIです。2012年からの数年の間に、ディープラーニングに代表される機械学習技術の成果を耳にするようになってきており、個人的にも注目していました。人間の認知/判断/行動の能力を機械が肩代わりできるようになれば、その経済的/社会的インパクトはインターネットと同等かそれ以上になるのは明らかです。

そんな中で、たまたまITの歴史についての本を書かないかというお声がけをいただき、素人なりに勉強をして書いたのが「人工知能は私たちを滅ぼすのか」です。おかげさまで大きな反響をいただき、Amazon計算機カテゴリ1位、楽天テクノロジーアワードRuby prize、代官山蔦屋書店2016年上半期ベスト(科学/技術部門)などの成果を上げることができました。また多くの専門家や有識者の方と意見を交わす機会にも恵まれました。

啓蒙の弁証法

そんな中の一人で、玉川大学で哲学を教えられている岡本裕一朗先生とお話しした際に、「啓蒙の弁証法」という哲学書について教えていただきました。これはもう70年も前の本ですが、著者らはナチスドイツを逃れてアメリカに渡った亡命者たちでした。実はこの著者たちが取り組んだ問題は、上で述べた今日の世界のそれにとても近いものでした。

近代の世界を形作った啓蒙思想というものは、自然および宗教の抑圧から人間を解放しようとしたもので、結果的に科学主義や民主主義、平等主義などをもたらしました。しかし、ナチスはそのような啓蒙に対する反動だったかというと、民主的な選挙で政権を奪取しており、しかも科学技術への高い熱意で知られていました。

このような逆説がなぜ生じるのか、という疑問に対する著者らの答えは以下の通りです。人間は、自然や宗教を理性によって客体化することで、迷信や恣意性から逃れて理解/操作できるようにすることでその特権性を解体して征服しました。その結果訪れたのが、私たちの生きる近代の世界です。ところが、啓蒙の論理は、人間以外の自然だけでなく、人間自身にも適用することが可能です。その結果、人間の尊厳や存在の意味も、自然や宗教に対して行われたのと同様に疎外してしまえます。ナチスがユダヤ人や障害者らに対して行ったあまりにも非人間的な所業は、このように啓蒙と理性そのものに内在する性質によってもたらされたというのです。

これは70年前の議論ですが、ビッグデータとAIが私たちを客体化する今日の状況をあまりに正確に描写していて驚きます。IoTとウェアラブルデバイスは、私たちをますますビッグデータの束として客体化するでしょう。そして経済と労働の社会システムは、生産性の旗印のもと私たち一人一人の生を、効率的に運用するようになります。

新しい対立軸

現代のエスタブリッシュメントが、トランプ大統領の誕生やBrexitの可能性を見誤ったのは、啓蒙という価値観の恩恵に預かる側であるため、その絶対性を信じて疑わなかったからです。ですが、多くの人々は今、テクノロジーとグローバリゼーションという啓蒙の申し子が、自らに奉仕するものではなく、むしろ疎外するものだと感じるようになっています。その結果が、啓蒙の価値観からすれば反動的と思えるような意思決定が立て続けに起こるという事態です。

このように、2016年という年は多くの歴史的な事件が起こりましたが、その背景にはより大きな世界観、価値観の揺らぎが生じています。アドルノとホルクハイマーは、啓蒙が自らの危険性を乗り越えるためには、自らの暴力性についての理性による反省が必要だと論じました。これはそのまま私たちテクノロジー産業の当事者にも当てはまります。私たちがテクノロジーを人間の尊厳や価値と一致させるようにデザインしない場合、そこにはとてつもない人間の疎外、そして疎外された人間からの苛烈な反撃が待っているでしょう。

2016年の世界の産業/安全保障とAI

あけましておめでとうございます。

2015年を通して、世界は大きな混乱へと向かっています。一方で、AIのようなテクノロジーが急速に発達し、経済から安全保障まで大きな影響を及ぼしつつあります。

新しい年を迎えるにあたって、デザインやUXやITに限らない世界の現状、そしてその中でテクノロジーの果たす役割について書いてみたいと思います。

アテネ、リュカヴィトスの丘からの眺め

国家が破綻するということ

今年の9月に、お休みをとってギリシャに行ってきました。ちょうどEUへの債務不履行によるデフォルトの危機が迫っており、政権の信任を問う総選挙を間近に控えているなど、人にはどうしてこんな時に、と言われました。昔から、ヨーロッパの文明の源流に触れてみたいと思っていたこともありますが、同時に国の経済が破綻すると何が起きるのかこの目で見てみたい、という気持ちもありました。

5日間で、ハネムーンなどで人気のサントリーニ島と、アテネを訪れてきました。意外だったのは、いずれも観光客で大いに賑わっていたことです。サントリーニ島は昼夜を問わずヨーロッパ系とおぼしき多くの観光客で賑わい、ホテルのプールではトップレスで日光浴をする女性に私たちアジア人の夫婦は目のやり場に困りました。アテネではアクロポリスやゼウス神殿などの有名な遺跡の周辺は人で溢れており、観光客向けのレストランなども活気付いていました。

もっと日本人や中国人や韓国人を見るかと思いましたが、政情不安の影響からか少なかったように思います。ギリシャに行って感じたのは、ここはやはりヨーロッパ人にとっての心の故郷だということです。それは政情不安や悪い経済状況などとは関係がないということがわかりました。実際、EUはその後ギリシャの債務を先送りし、ギリシャがEUを離脱するといった事態は避けられました。

とはいえ、アテネの街を散策してみると、景気の悪さは如実に感じられます。メンテナンスのされていない街路のコンクリートは荒れ、建物は落書きがされ放題。銀座のようなショッピングストリートの店も多くがシャッターが下りていました。駅や繁華街にはホームレスがたむろし、夜には駅前の広場でのパンクバンドのパフォーマンスで若者は憂さを晴らしていました。これと比べたら、東京どころか、福岡や仙台などの地方の主要都市の方がよっぽど栄えています。

日本の国力の低下

しかし、今年は日本の国としての力の低下を感じさせるようなニュースが相次ぎました。日本の一人当たりGDPは香港やイスラエルに抜かれ、先進国の中での順位は下降の一途をたどっています。私たちのデザインの世界でいえば、国を挙げたイベントであるオリンピックへ向けた新国立競技場やエンブレムのデザイン決定をめぐって頻発したトラブル。その背景には、行政のガバナンス力の低さ、また日本のクリエイティブ産業に横たわる利権の構造などが露呈しました。

ガバナンスについていえば、東芝の不正会計--もっと言えばこれは明確な粉飾だと思いますが--も衝撃的でした。東芝といえば、私たちがその製品に慣れ親しみ、経営者が経済団体の代表などを歴任するなど日本を代表する企業です。そうした企業において、事実上の粉飾が複数の世代の経営者にわたってなされていました。そしてそれは、ウェスチングハウスの買収による原発事業への参入という経営者の失策を覆い隠すためでした。

日本の経済成長を支えた製造業にはかつての輝きはもはやありません。ほぼ唯一と言っていい息を吐く自動車産業は、今後ガソリンエンジンからの転換および自動運転などのパラダイムシフトを生き抜くという重い課題を背負っています。

今日の産業のパラダイムシフトの要因:AI

このような産業のパラダイムシフトをもたらしている最大の動因はなにか。今後重点的な投資がなされないとならない分野はなにか。その答えは明確です。それはAIです。

AIというとHAL2000や鉄腕アトムのような、人間のような受け答えをするものを思い浮かべるかもしれません。しかし、今日のAIの本質はそういうものではありません。WebおよびIoT機器のセンサーネットワークから集められるビッグデータ。それを記録して処理するクラウドコンピューター。その上で動くディープラーニングなどのアルゴリズム。こうした技術の集合が、今日のAIの正体です。

かつてソニーの社長だった出井伸之氏は、「インターネットは隕石であり、古い産業を恐竜のように絶滅させる」と言い、事実その通りになりました。(結果的にソニーが「恐竜」の側に含まれたように見えるのは皮肉なことです。)これになぞらえて言うなら、今日のAIはブラックホールのようなものです。それは情報関連にとどまらず、あらゆる産業を飲み込んでいきます。

日本においても、AI/ロボットを活用することができれば、製造業の競争力を回復させたり、高齢化に対抗して生産性を伸ばすことなどができるかもしれません。一方で、AIにおいてもインターネット同様基盤となる技術やシステムを他国に握られた場合、経済に受けるダメージはインターネットのそれの比ではありません。日本は、もう一度第二次大戦後のような焼け野原、あるいはギリシャのような衰退国への道を歩むことになるでしょう。

新しい戦争の時代

ギリシャはもう一つ、大きな国際問題に関わっていました。それは、今日の世界で人道上の最大の問題の一つ、シリア難民です。シリアの2200万人の人口のうち、去年すでに400万人が国を逃れて難民となったそうです。地理的に中東からヨーロッパへ入る窓口に位置するギリシャには、ドイツなどヨーロッパの国への亡命を目指す難民が押し寄せました。私たちも、アテネの路上で過ごす、難民とおぼしき家族などを見かけました。

アラブの春と、その後の混乱につけ込んだISの勢力拡大は、中東に大変な混乱をもたらし、その余波は難民、さらにはフランスで発生したテロなどの形で欧米にも及んでいます。パリのテロの後の選挙では極右の国民戦線が大きく勢力を伸ばしました。またアメリカでも散発するテロが後押しする形でドナルド・トランプのような排外主義者が支持を伸ばしています。

ヨーロッパにおいてナショナリズムと排外主義がさらに勢いを増せば、欧州の統合と拡大というEUの理想は大きく後退せざるをえなくなります。これ以上、ISが目論むような欧米とイスラム原理主義との「文明の衝突」が進んでいくような悪循環に陥れば、世界は20世紀の世界大戦や冷戦のような時代に逆戻りすることになります。このような事態だけはなんとしても避けなければなりません。

かつてのアルカイダ、あるいは今のISを名乗るテロは、かつての民族主義運動などのように中央集権的に組織されているわけではなく、今日的な分散ネットワーク型の組織として行動しているように見えます。このような組織活動が可能になったのは、もちろんインターネットなどの技術のおかげです。対するアメリカなども、遠隔操縦のドローンを用いた爆撃による反撃を行っています。

20世紀の世界大戦は「前線と銃後の区別をなくした総力戦」が特徴だと言われますが、21世紀の戦争はさらに進んで、いつどこが戦場になるかわからない、ユビキタスネットワーク型、あるいは離散型トポロジーの戦争ということができます。

インターネットやソーシャルメディアによって、社会の流動性やつながりは増え、今の自分のようなフリーエージェント/ノマド的な働き方などがやりやすくなりました。しかしその恩恵を被るのは生産的な活動だけではなく、テロリズムや戦争行為などの破壊的な活動も含まれるのです。そのネガティブな側面は、今後自立型のドローン/ロボット兵器の登場によってますます悪化するでしょう。ここでもAI/ロボット技術が大きなインパクトをもたらします。

新しい年へ向けて

このように、今後の世界の産業と安全保障について考えた時に、WebとIoT機器、クラウドコンピューティング、ビッグデータ、機械学習アルゴリズムなどの総体としてのAI技術が何より重要になってくるのは明らかです。これまでも大枠ではITに全体的に関わりを持ってきたものの、今年はよりこれらの技術のコアに近いところで活動/発信を行っていくつもりです。

今年もよろしくお願いいたします。

VRとAIがもたらす次世代UI

Ginger bread man

(本記事は、UX Tokyo主催UX Advent Calendar 2015向けに書きました。)

2015年、タッチの限界

2007年にアップルがiPhoneに搭載したマルチタッチは、私たちがコンピューターと対話する劇的に新しい方法をもたらしました。特に携帯電話においては、それまでの物理キーを駆逐し、最もよく使われるUIとなりました。タッチは携帯電話にとどまらず、この8年の間にタブレット、さらにはPCにまで取り入れられてきました。

ですが、これらのタッチUIのイノベーションは、この短い期間でもやり尽くされた感があります。スマホの進化は大画面化や性能の漸進的な向上にとどまり、タッチを普及させた立役者であるアップルも大きな変化は起こせていません。今年のiPhone 6sシリーズの3Dタッチは新たなUIを提案するものですが、今のところ元のマルチタッチのようにパラダイムを変えるほどの変化にはなっていません。

タッチがUIとして優れているのは、手で触れるという行為が人間にとって直感的なものだからです。しかしその触れることが、そのままUIとしての限界にもなっています。例えばApple Watchに代表されるウェアラブル機器にもタッチで操作するものが多くありますが、小さい画面ではやはり無理があります。一方でSurface ProやiPad Proのような12インチクラスの画面を備えた「生産的なタブレット」も新たなトレンドになってきましたが、大きすぎるとまた手にあまるため、それらの機器ではスタイラスペンの使用が前提になっています。さらに、そうしたサイズになればもはや携帯機器としていつでもどこでも使うものではなくなってきます。

まとめると、タッチUIは4-10インチくらいの画面を備えた機器がスイートスポットであり、表示面積のあまりないウェアラブル機器や、より大きな表示を扱うのには向いていない。結果、デジタル機器が今のスマホやタブレットを超えて多様な生活シーンに入っていくためには、タッチではないUIを開拓する必要があるということです。

2015年という年は、タッチUIの限界が見えると同時に、その先にあるUIがかいま見える年でもありました。次世代のUIをもたらすと考えられるのは、二つの技術。それはVRとAIです。

VR/ARによって環境のすべてが情報になる

2015年のITの世界で最大の話題となった一つはVRでした。VRのブームのきっかけを作ったOculusが矢継ぎ早にプロトタイプを公開し、来年初頭には初の一般向けモデルを発売します。Oculusと連携しているサムスンは、本家に先駆けてGalaxy向けのGear VRヘッドセットを一般向けに発売しました(日本でも間もなく発売)。ゲーム業界からの参入もあり、特にソニーもPlayStation VRで家庭用VRゲームに参入します。

今ここではない環境に完全に没入することのできるVRの主なアプリケーションは、特に当初はゲームが中心になると考えられます。アトモスでも、VRゲームを試作してみました。

さらに、株式会社スポーツITソリューション様と、Kinectを組み合わせてVR空間の中でキックボクシングのエクササイズができるコンテンツの開発を行いました。(下の動画はChromeだと360度パノラマとして再生することができます。)

このように完全に没入するVRに対して、周りの視界を遮らずに、その中に仮想のオブジェクトを重ね合わせて表示するARも、今年は大きな注目を集めました。その代表例が、MicrosoftのHoloLensです。

アトモスでは、昨年から引き続きEarth Literacy Program様と、地球儀にARで情報をオーバーレイする地球メガネの開発を進め、仙台で開催された国連防災世界会議への出展などを行いました。

またちょっと特殊な形ではありますが、アスラテック株式会社様のV-Sidoを遠隔地のWebアプリからリアルタイム制御することのできる開発プラットフォーム「Web Controller for V-Sido CONNECT」、およびその上で動くAR的なUIを開発しました。

これまで見てきたように、VR/ARの表現によって、タッチパネルという物理的な板面に縛られず、環境のすべてや、その中の地球儀やロボットなどの物とインタラクトするUIが実現できるということがわかります。

アトモスでは、引き続きVR/ARを用いたUIのイノベーションを推進しています。

コンピューターはAIへと進化する

2015年さらに大きな注目を集め、ひょっとすると長期的にはVR以上の革新をもたらすと期待されるのが、AI技術です。

特にUIの観点からは、AI技術を用いた対話型エージェントが広く利用されるようになってきました。Apple Watchのようなウェアラブル機器、アプリに対応した新型Apple TVなどにおいて、AppleはSiriをUIとして積極的に用いています。IBMは2013年にクイズ番組で人間のチャンピオンを破って大きな話題を呼んだWatsonを外部開発者が利用できる開発環境を整え、コールセンターなどを中心に採用が進んでいます。また今年はPepperが発売され、店頭などで接客をする姿を普通に目にするようになりました。

AIは対話型エージェントという形に縛られず、ITサービスに大きなインパクトをもたらしつつあります。その一例が、今年GoogleがリリースしたGoogle Photoです。写真に写っている人や物をあまりにも正確に認識するので、便利であると同時にちょっと怖くなります。GoogleはまたTensol FlowやVision APIなど、そうした機械学習のライブラリをオープンソース化して公開しています。

Appleはともかく、IBMやGoogle、日本のPFNなどは、AI技術の積極的な開発に取り組むと同時に、その成果を積極的に外部開発者に公開し、自社のエコシステムに取り込もうと競争を繰り広げています。これはまずAndroidなどのモバイルOSのように、より多くのアプリ/サービス開発者の支持を得た方が優位に立つ、という事情があります。加えて、機械学習を活用するためには一般に大規模な学習データが必要です。テクノロジー企業は必ずしも特定領域の良質なデータを持っているわけではないので、そうしたデータを得るためにもライブラリは積極的に提供していくという流れになっています。

ではアプリやサービスの開発者は、今後この流れにどのように向き合えばよいのでしょうか。まず、ウェアラブルやIoT向けのUIの中では対話型エージェントの利用は広まると考えられるため、対話のインタラクションデザインに取り組む機会が増えるでしょう。さらに、より深くサービス設計に入っていく場合、機械学習ライブラリについての知見を得て、どのようなデータを入力すればどのような分析や分類や応答ができるか、といった知見が求められるようになっていきます。

AIはこのように、デジタルサービスのデザイン、ひいては社会全体に劇的な影響を中長期的に及ぼしていくことになります。実は今年、あるプロジェクトのために、かなり長期間にわたるAIのリサーチを行ってきました。来年の初めに、このプロジェクトについて公開することになりますので、乞うご期待。

2016年へ向けて

人々の役にたつサービスをデザインできるかどうかというデザイナーの役割は、いつの時代も変わることはありません。私たちテクノロジー領域のデザイナーは常に新しいテクノロジーを学び、それを誰よりも使いこなし、正しいカタチにデザインする能力が求められます。2016年は、かつてなく私たちデザイナーに大きなチャレンジが課せられる年となりそうです。

Happy holidays!

要件と設計:デザイナーへの発注にあたってお願いしたいこと

WEB DESIGN

(本記事は、システム開発においては一般的な内容を記しており、そうしたお仕事が専門でない事業者の方などを対象としています。)

アトモスは主にUX/UIのデザインのお仕事を受けており、また技術設計を担当させていただくことも往々にしてあります。特に最近のいくつかのプロジェクトで気になったことがあったので書いておきます。

エンドユーザー向けの製品というのは、往々にして企画される方もユーザーの一人であるということがあります。PCやスマホがこれだけ日々使われる中では、企画される側もデバイスやアプリについて多くの知識を持たれるようになりました。UXの重要性についてもそうした中で以前よりも理解されるようになってきました。

ただ、ユーザーとしての立場からは、見えないものがあるのも事実です。それは、きちんと機能するUIや、きちんとつながる無線ネットワーク、きちんと場所がわかるよう位置情報を使うことなどが、どれだけ難しいことか、ということです。

例えばiPhoneなどの製品は、なんでもなく動いているように見えるのが本当にすごいことです。世の中の多くの製品では、スペックシートには特定の機能を備えていると記しながら、ちゃんと使えない、つながらない、ちゃんと動かない、なんてことは当たり前に起こっています。UIにせよ、センサーなどにせよ、きちんと機能するようにするためには、ソフト/ハード/人間の認知や体のつくりなど、あらゆる知識を総動員して、要件を満たせるような「設計」を行う必要があります。それだけ難しい仕事だからこそ、専門性のあるデザイナーの存在意義があると思っています。

多くのプロジェクトで、企画書の中に企画者の方が書いたワイヤーフレームが含まれていることがあります。これはいわば製品のラフスケッチのようなもので、企画のイメージを伝えるためには役立ちます。しかし、そのワイヤーフレームがそのままデザインに用いられることはほぼありません。企画者の方が情報設計の専門知識がなければ、適切に機能する、機能の意図が伝わる、ちゃんとユーザービリティが担保されている、モバイルにもきちんと対応できるような設計を行うことは難しいです。結局カスタマージャーニーなどに立ち返って要件を再度洗い出す工程が必要となります。そのため、企画書のために網羅的なワイヤーフレームを作っていただいている場合などもあるのですが、これは無駄になってしまうことがあります。

ウェブやアプリなどは相対的に歴史の短い産業ですが、それでも製品は複雑であり、きちんと機能する製品を実現するためには専門知識に基づく「設計」が必要です。デザイナーに発注をいただく事業者や企画者の方にそうした設計についてアイデアや方向性をいただくのは大変ありがたいのですが、お願いしたいのは最終的な設計への落とし込みはデザイナーに委ねていただきたいということです。事業者や企画者の方にはむしろ、事業の戦略を明確にし、そのために必要なアウトカムや、お客様にどういったアクションをとっていただきたいか、直に接されているお客様のニーズを理解することなど、「要件」を明確化するところに注力していただければと思います。その上で、デザインに対して、その要件を十分に満たせるような設計になっているかということを、厳しく見ていただければと思います。そうした評価をサポートするために、ユーザビリティテストやKPI分析などの手法があります。

このように明確な「要件」と、その要件を達成するような「設計」という役割分担を意識していただけると、デザイナーへの業務の発注はより効果的なものになると考えます。

AppleとGoogleは宗教になった

Apple Watchがようやく届きました。自分のものになるとやっぱりワクワクしますね。これからどんな風に生活が変わるか、試していこうと思います。中学に入って、初めてMacを買ってもらった時から、新しいApple製品を買う時にはいつもこうしたワクワクがありました。何か自分の生活が変わる、自分の可能性が広がる、そんな気持ちにさせられる。

Apple Watch

僕は14で中学にMacのユーザーグループを作りました。あんまりMac雑誌ばっかり読んでいたので、コダマックとあだ名されていました。結婚した時には、嫁は古いダイナブックを使っていたので、そんなものはうちの敷居はまたがせんといって、Macにスイッチさせました。我ながら立派な信者だと思います。

コンピューターのOSの優劣を論じるとき、多くの人がなぜか宗教的になり、自分のプラットフォームを信者のように擁護し、他プラットフォームを異教徒のように攻撃します。MacとWindows、iOSとAndroid、よりマニアックなところでもBSD UnixとLinuxとか。そういえば、iPadが発表された時には、「こんなに話題になった板はモーゼの十戒以来」なんてジョークもありました。

こんなに話題になったタブレットは十戒以来

関係ない人から見ると、たかがコンピューターのOSじゃないかと思うわけですが、コンピューターを使うことが生活の中で大きな割合を占めている場合には、OSやプラットフォームというものは絶対的なもので、自分の利用する環境や、自分の行動を全部規定されてしまう。単純接触による結びつきもあるし、OSを否定されてしまうとそれは自分を否定されてしまうことに近い。だからこそ、OS論争は宗教的になります。

これまでは、コンピューターの中だけの話だったのですが、これからはAppleやGoogleのプラットフォームは、本物の宗教になるかもしれないです。それは、IoTの世界がやってくるためです。

最近のApple製品を見ると、個別の製品だけではなく、製品ラインナップをうまく構築し、iCloudとContinuityを通した連携によって囲い込みを進めています。僕の周りにも、自分も含めてスマホはiPhone、仕事はiMac、すると出先では軽量な新しいMacBookがほしくなり、最近のiPhoneは大きいからちょっと情報を確認したりするのにはApple Watchがほしくなり、と、完全に囲い込まれているような人を見かけます。一度こうなると、他のプラットフォームに移行するのは難しくなり、どんどん囲い込まれ、気づけば高価なApple製品をたくさん買っている。その結果が、23兆円という現金保有高です。

コンピューターとネットは、今後PCやスマホにとどまらない様々な形で私たちの体や環境に入り込んできます。Apple Watchのようなウェアラブル、あるいは家や自動車など。Apple Watchのワークアウトなどはいい例ですが、それらの技術は私たちがどのように生活するかを形づくっていきます。そして、それらの製品がスムーズに相互運用して動くためには、コンピューターのOS同様AppleやGoogleのアーキテクチャを使うことになるでしょう。

ローレンス・レッシグという経済学者がいます。クリエイティブ・コモンズの設立などで有名なのですが、レッシグの理論の中に、人の行動を規定する大きな力は規範/法/市場/アーキテクチャーだ、というものがあります。レッシグによれば、規範に基づいて法が作られ、法は市場または直接の規制を通してアーキテクチャーに働きかける。このようにして私たちの振る舞いを規定するアーキテクチャーが作られてきた。ゼロ年代にはよく参照され、特に東や濱野らによる環境管理論に繋がりました。

レッシグの提唱した行動を規定する四つの力

ところが、今や私たちの振る舞いを規定するアーキテクチャーは、個々の国の法だけでは縛れないAppleやGoogleといったグローバル企業によって規定されているわけです。例えば個々の家の単位で、どのプラットフォームを主にするかを決めてモバイルや家の設備などを選ぶことが必要になってきます。そして、Apple Watchのようなロゴ入りのウェアラブルを常に身につけて、常に自分の情報をプラットフォームに伝え続けるわけです。ここまでくると、これを宗教と呼ばずしてなんと呼んだらいいでしょうか。

Appleは、カトリックみたいなものです。一神教で、華やかで、たくさんのお金を要求する。一方のGoogleはプロテスタント的で、同じく一神教ではあるものの華やかではなく実用的で、直接的にはあまりお金を要求せず、誰に対しても開かれているという顔をする。これらに対して、WebやMozillaが体現するような、よりオープンでカオスな土着の多神教のような世界もあり得るとは思います。

いずれにしても、IoTの世界を生きる私たちは、宗教と付き合うようにAppleやGoogleといったプラットフォーマーと付き合わなければならないのです。

上野直樹先生追悼シンポジウム「状況論の未来へ」

上野直樹先生

お世話になった研究者の上野直樹先生を追悼するシンポジウムに参加してきました。

上野先生は、教育研究とアフォーダンス理論に始まり、状況論/エスノメソドロジー/アクターズネットワークなどの社会科学の手法を積極的に研究され、近年では東京都市大学にてオープンデータとARアプリを活用した横浜の地域コミュニケーションの活動に取り組まれていました。

先生とゆかりのある方々が発表をされていましたが、異口同音に述べられたのが、外と内や、開発者と利用者といった境界や区別を自明のものとせず、多様なアクターが多様な役割を担いながら行うダイナミックなインタラクションに注目するという知的姿勢で、それは上野先生ご自身の研究活動の中で実践されていました。

自分自身、2006年に携帯電話向けに街のソーシャルブックマークサービスを作った際に、情報処理の学会などではそれほど注目されませんでしたが、上野先生には大変ご興味を持っていただき、ゼミの研究テーマにも取り入れていただきました。そのようにエンカレッジしていただいたこともあり、その研究がtabに結実しました。tabを東京から地方へと展開を始めた際に、第一の展開地域として横浜が選ばれ、先生が参加されていた横浜コミュニティデザインラボおよび上野ゼミとしてご協力いただきました。tabは結果的に、日本中で40万人の方に使っていただけるまでに成長しました。このように、上野先生のオープンな知的姿勢と、実践的なご活動に、大いに助けていただきました。

60を過ぎてもなお旺盛な知的好奇心のもとに活発な活動をされていただけに、突然の訃報に驚き、また改めて残念でなりません。上野先生のご冥福を心よりお祈りいたします。そして、ご縁をいただいた者の一人として、その知的な遺産を引き継いでいく責任を感じています。

謹賀新年2020【2010.1.1のブログを再掲】

HAPPY NEW YEAR 2020

あけましておめでとうございます。

僕は、慶應SFCの3年生です。入学年度は2017年で、ログインはs17365akです。2012年にオープンした未来創造塾に住んでいて、今年は実家に帰らなかったのでそこからこのエントリーを書いています。

未来創造塾プロジェクトが始まってから10年が過ぎ、トランスペアレントソサエティーという言葉も新聞やテレビで普通に目にするようになりました。当時は先進的だったキャンパスのライフログのインフラも世の中で当たり前になってきました。そこで、10年後に向けたインフラを考えるプロジェクトに所属しています。2030年のキャンパスを考えるために、この10年間に起こったキャンパスライフの変化をまとめてみます。 “謹賀新年2020【2010.1.1のブログを再掲】” の続きを読む