2016年の世界の産業/安全保障とAI

あけましておめでとうございます。

2015年を通して、世界は大きな混乱へと向かっています。一方で、AIのようなテクノロジーが急速に発達し、経済から安全保障まで大きな影響を及ぼしつつあります。

新しい年を迎えるにあたって、デザインやUXやITに限らない世界の現状、そしてその中でテクノロジーの果たす役割について書いてみたいと思います。

アテネ、リュカヴィトスの丘からの眺め

国家が破綻するということ

今年の9月に、お休みをとってギリシャに行ってきました。ちょうどEUへの債務不履行によるデフォルトの危機が迫っており、政権の信任を問う総選挙を間近に控えているなど、人にはどうしてこんな時に、と言われました。昔から、ヨーロッパの文明の源流に触れてみたいと思っていたこともありますが、同時に国の経済が破綻すると何が起きるのかこの目で見てみたい、という気持ちもありました。

5日間で、ハネムーンなどで人気のサントリーニ島と、アテネを訪れてきました。意外だったのは、いずれも観光客で大いに賑わっていたことです。サントリーニ島は昼夜を問わずヨーロッパ系とおぼしき多くの観光客で賑わい、ホテルのプールではトップレスで日光浴をする女性に私たちアジア人の夫婦は目のやり場に困りました。アテネではアクロポリスやゼウス神殿などの有名な遺跡の周辺は人で溢れており、観光客向けのレストランなども活気付いていました。

もっと日本人や中国人や韓国人を見るかと思いましたが、政情不安の影響からか少なかったように思います。ギリシャに行って感じたのは、ここはやはりヨーロッパ人にとっての心の故郷だということです。それは政情不安や悪い経済状況などとは関係がないということがわかりました。実際、EUはその後ギリシャの債務を先送りし、ギリシャがEUを離脱するといった事態は避けられました。

とはいえ、アテネの街を散策してみると、景気の悪さは如実に感じられます。メンテナンスのされていない街路のコンクリートは荒れ、建物は落書きがされ放題。銀座のようなショッピングストリートの店も多くがシャッターが下りていました。駅や繁華街にはホームレスがたむろし、夜には駅前の広場でのパンクバンドのパフォーマンスで若者は憂さを晴らしていました。これと比べたら、東京どころか、福岡や仙台などの地方の主要都市の方がよっぽど栄えています。

日本の国力の低下

しかし、今年は日本の国としての力の低下を感じさせるようなニュースが相次ぎました。日本の一人当たりGDPは香港やイスラエルに抜かれ、先進国の中での順位は下降の一途をたどっています。私たちのデザインの世界でいえば、国を挙げたイベントであるオリンピックへ向けた新国立競技場やエンブレムのデザイン決定をめぐって頻発したトラブル。その背景には、行政のガバナンス力の低さ、また日本のクリエイティブ産業に横たわる利権の構造などが露呈しました。

ガバナンスについていえば、東芝の不正会計--もっと言えばこれは明確な粉飾だと思いますが--も衝撃的でした。東芝といえば、私たちがその製品に慣れ親しみ、経営者が経済団体の代表などを歴任するなど日本を代表する企業です。そうした企業において、事実上の粉飾が複数の世代の経営者にわたってなされていました。そしてそれは、ウェスチングハウスの買収による原発事業への参入という経営者の失策を覆い隠すためでした。

日本の経済成長を支えた製造業にはかつての輝きはもはやありません。ほぼ唯一と言っていい息を吐く自動車産業は、今後ガソリンエンジンからの転換および自動運転などのパラダイムシフトを生き抜くという重い課題を背負っています。

今日の産業のパラダイムシフトの要因:AI

このような産業のパラダイムシフトをもたらしている最大の動因はなにか。今後重点的な投資がなされないとならない分野はなにか。その答えは明確です。それはAIです。

AIというとHAL2000や鉄腕アトムのような、人間のような受け答えをするものを思い浮かべるかもしれません。しかし、今日のAIの本質はそういうものではありません。WebおよびIoT機器のセンサーネットワークから集められるビッグデータ。それを記録して処理するクラウドコンピューター。その上で動くディープラーニングなどのアルゴリズム。こうした技術の集合が、今日のAIの正体です。

かつてソニーの社長だった出井伸之氏は、「インターネットは隕石であり、古い産業を恐竜のように絶滅させる」と言い、事実その通りになりました。(結果的にソニーが「恐竜」の側に含まれたように見えるのは皮肉なことです。)これになぞらえて言うなら、今日のAIはブラックホールのようなものです。それは情報関連にとどまらず、あらゆる産業を飲み込んでいきます。

日本においても、AI/ロボットを活用することができれば、製造業の競争力を回復させたり、高齢化に対抗して生産性を伸ばすことなどができるかもしれません。一方で、AIにおいてもインターネット同様基盤となる技術やシステムを他国に握られた場合、経済に受けるダメージはインターネットのそれの比ではありません。日本は、もう一度第二次大戦後のような焼け野原、あるいはギリシャのような衰退国への道を歩むことになるでしょう。

新しい戦争の時代

ギリシャはもう一つ、大きな国際問題に関わっていました。それは、今日の世界で人道上の最大の問題の一つ、シリア難民です。シリアの2200万人の人口のうち、去年すでに400万人が国を逃れて難民となったそうです。地理的に中東からヨーロッパへ入る窓口に位置するギリシャには、ドイツなどヨーロッパの国への亡命を目指す難民が押し寄せました。私たちも、アテネの路上で過ごす、難民とおぼしき家族などを見かけました。

アラブの春と、その後の混乱につけ込んだISの勢力拡大は、中東に大変な混乱をもたらし、その余波は難民、さらにはフランスで発生したテロなどの形で欧米にも及んでいます。パリのテロの後の選挙では極右の国民戦線が大きく勢力を伸ばしました。またアメリカでも散発するテロが後押しする形でドナルド・トランプのような排外主義者が支持を伸ばしています。

ヨーロッパにおいてナショナリズムと排外主義がさらに勢いを増せば、欧州の統合と拡大というEUの理想は大きく後退せざるをえなくなります。これ以上、ISが目論むような欧米とイスラム原理主義との「文明の衝突」が進んでいくような悪循環に陥れば、世界は20世紀の世界大戦や冷戦のような時代に逆戻りすることになります。このような事態だけはなんとしても避けなければなりません。

かつてのアルカイダ、あるいは今のISを名乗るテロは、かつての民族主義運動などのように中央集権的に組織されているわけではなく、今日的な分散ネットワーク型の組織として行動しているように見えます。このような組織活動が可能になったのは、もちろんインターネットなどの技術のおかげです。対するアメリカなども、遠隔操縦のドローンを用いた爆撃による反撃を行っています。

20世紀の世界大戦は「前線と銃後の区別をなくした総力戦」が特徴だと言われますが、21世紀の戦争はさらに進んで、いつどこが戦場になるかわからない、ユビキタスネットワーク型、あるいは離散型トポロジーの戦争ということができます。

インターネットやソーシャルメディアによって、社会の流動性やつながりは増え、今の自分のようなフリーエージェント/ノマド的な働き方などがやりやすくなりました。しかしその恩恵を被るのは生産的な活動だけではなく、テロリズムや戦争行為などの破壊的な活動も含まれるのです。そのネガティブな側面は、今後自立型のドローン/ロボット兵器の登場によってますます悪化するでしょう。ここでもAI/ロボット技術が大きなインパクトをもたらします。

新しい年へ向けて

このように、今後の世界の産業と安全保障について考えた時に、WebとIoT機器、クラウドコンピューティング、ビッグデータ、機械学習アルゴリズムなどの総体としてのAI技術が何より重要になってくるのは明らかです。これまでも大枠ではITに全体的に関わりを持ってきたものの、今年はよりこれらの技術のコアに近いところで活動/発信を行っていくつもりです。

今年もよろしくお願いいたします。

VRとAIがもたらす次世代UI

Ginger bread man

(本記事は、UX Tokyo主催UX Advent Calendar 2015向けに書きました。)

2015年、タッチの限界

2007年にアップルがiPhoneに搭載したマルチタッチは、私たちがコンピューターと対話する劇的に新しい方法をもたらしました。特に携帯電話においては、それまでの物理キーを駆逐し、最もよく使われるUIとなりました。タッチは携帯電話にとどまらず、この8年の間にタブレット、さらにはPCにまで取り入れられてきました。

ですが、これらのタッチUIのイノベーションは、この短い期間でもやり尽くされた感があります。スマホの進化は大画面化や性能の漸進的な向上にとどまり、タッチを普及させた立役者であるアップルも大きな変化は起こせていません。今年のiPhone 6sシリーズの3Dタッチは新たなUIを提案するものですが、今のところ元のマルチタッチのようにパラダイムを変えるほどの変化にはなっていません。

タッチがUIとして優れているのは、手で触れるという行為が人間にとって直感的なものだからです。しかしその触れることが、そのままUIとしての限界にもなっています。例えばApple Watchに代表されるウェアラブル機器にもタッチで操作するものが多くありますが、小さい画面ではやはり無理があります。一方でSurface ProやiPad Proのような12インチクラスの画面を備えた「生産的なタブレット」も新たなトレンドになってきましたが、大きすぎるとまた手にあまるため、それらの機器ではスタイラスペンの使用が前提になっています。さらに、そうしたサイズになればもはや携帯機器としていつでもどこでも使うものではなくなってきます。

まとめると、タッチUIは4-10インチくらいの画面を備えた機器がスイートスポットであり、表示面積のあまりないウェアラブル機器や、より大きな表示を扱うのには向いていない。結果、デジタル機器が今のスマホやタブレットを超えて多様な生活シーンに入っていくためには、タッチではないUIを開拓する必要があるということです。

2015年という年は、タッチUIの限界が見えると同時に、その先にあるUIがかいま見える年でもありました。次世代のUIをもたらすと考えられるのは、二つの技術。それはVRとAIです。

VR/ARによって環境のすべてが情報になる

2015年のITの世界で最大の話題となった一つはVRでした。VRのブームのきっかけを作ったOculusが矢継ぎ早にプロトタイプを公開し、来年初頭には初の一般向けモデルを発売します。Oculusと連携しているサムスンは、本家に先駆けてGalaxy向けのGear VRヘッドセットを一般向けに発売しました(日本でも間もなく発売)。ゲーム業界からの参入もあり、特にソニーもPlayStation VRで家庭用VRゲームに参入します。

今ここではない環境に完全に没入することのできるVRの主なアプリケーションは、特に当初はゲームが中心になると考えられます。アトモスでも、VRゲームを試作してみました。

さらに、株式会社スポーツITソリューション様と、Kinectを組み合わせてVR空間の中でキックボクシングのエクササイズができるコンテンツの開発を行いました。(下の動画はChromeだと360度パノラマとして再生することができます。)

このように完全に没入するVRに対して、周りの視界を遮らずに、その中に仮想のオブジェクトを重ね合わせて表示するARも、今年は大きな注目を集めました。その代表例が、MicrosoftのHoloLensです。

アトモスでは、昨年から引き続きEarth Literacy Program様と、地球儀にARで情報をオーバーレイする地球メガネの開発を進め、仙台で開催された国連防災世界会議への出展などを行いました。

またちょっと特殊な形ではありますが、アスラテック株式会社様のV-Sidoを遠隔地のWebアプリからリアルタイム制御することのできる開発プラットフォーム「Web Controller for V-Sido CONNECT」、およびその上で動くAR的なUIを開発しました。

これまで見てきたように、VR/ARの表現によって、タッチパネルという物理的な板面に縛られず、環境のすべてや、その中の地球儀やロボットなどの物とインタラクトするUIが実現できるということがわかります。

アトモスでは、引き続きVR/ARを用いたUIのイノベーションを推進しています。

コンピューターはAIへと進化する

2015年さらに大きな注目を集め、ひょっとすると長期的にはVR以上の革新をもたらすと期待されるのが、AI技術です。

特にUIの観点からは、AI技術を用いた対話型エージェントが広く利用されるようになってきました。Apple Watchのようなウェアラブル機器、アプリに対応した新型Apple TVなどにおいて、AppleはSiriをUIとして積極的に用いています。IBMは2013年にクイズ番組で人間のチャンピオンを破って大きな話題を呼んだWatsonを外部開発者が利用できる開発環境を整え、コールセンターなどを中心に採用が進んでいます。また今年はPepperが発売され、店頭などで接客をする姿を普通に目にするようになりました。

AIは対話型エージェントという形に縛られず、ITサービスに大きなインパクトをもたらしつつあります。その一例が、今年GoogleがリリースしたGoogle Photoです。写真に写っている人や物をあまりにも正確に認識するので、便利であると同時にちょっと怖くなります。GoogleはまたTensol FlowやVision APIなど、そうした機械学習のライブラリをオープンソース化して公開しています。

Appleはともかく、IBMやGoogle、日本のPFNなどは、AI技術の積極的な開発に取り組むと同時に、その成果を積極的に外部開発者に公開し、自社のエコシステムに取り込もうと競争を繰り広げています。これはまずAndroidなどのモバイルOSのように、より多くのアプリ/サービス開発者の支持を得た方が優位に立つ、という事情があります。加えて、機械学習を活用するためには一般に大規模な学習データが必要です。テクノロジー企業は必ずしも特定領域の良質なデータを持っているわけではないので、そうしたデータを得るためにもライブラリは積極的に提供していくという流れになっています。

ではアプリやサービスの開発者は、今後この流れにどのように向き合えばよいのでしょうか。まず、ウェアラブルやIoT向けのUIの中では対話型エージェントの利用は広まると考えられるため、対話のインタラクションデザインに取り組む機会が増えるでしょう。さらに、より深くサービス設計に入っていく場合、機械学習ライブラリについての知見を得て、どのようなデータを入力すればどのような分析や分類や応答ができるか、といった知見が求められるようになっていきます。

AIはこのように、デジタルサービスのデザイン、ひいては社会全体に劇的な影響を中長期的に及ぼしていくことになります。実は今年、あるプロジェクトのために、かなり長期間にわたるAIのリサーチを行ってきました。来年の初めに、このプロジェクトについて公開することになりますので、乞うご期待。

2016年へ向けて

人々の役にたつサービスをデザインできるかどうかというデザイナーの役割は、いつの時代も変わることはありません。私たちテクノロジー領域のデザイナーは常に新しいテクノロジーを学び、それを誰よりも使いこなし、正しいカタチにデザインする能力が求められます。2016年は、かつてなく私たちデザイナーに大きなチャレンジが課せられる年となりそうです。

Happy holidays!

国民的RPGとマルチデバイスエクスペリエンス

昨日発表されたドラクエの最新作11がネットで大きな話題を呼んでいます。その理由は、PS4/3DSという異種マルチプラットフォームで同じシナリオ、しかも3DSでは上画面で3Dポリゴン表示、下画面でファミコン風の見下ろしドット絵という、複数の表現でプレイできる点です。今発表されているだけでも、同じゲームに3種類のUXがある。しかも、今後発表される予定の任天堂の新型ゲーム機NX向けにも発売されるとのことです。

PS4版スクリーンショット

3DS版スクリーンショット

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Appleはテクノロジー企業ではなくなったのか

Apple Watchを入手してから3週間ほどが経ちました。通知やリモコンはまあ便利ですが、なくても困るものではない。前から使っているAndroid Wear端末とできることに大きな違いはありません。

Apple Watch

ですが、大きな違いとしては、今のところほぼ毎日着けて出かけています。何が違うのかといえば、やはりデザインという答えになります。一番安価なSportモデルのブラックを使っていますが、オンにもオフにも違和感がない。またスポーツバンドの着け心地はよく、心配した暑い日もバンド全体が密着しないので大丈夫でした。

去年一年間で売れたAndroid Wear端末の台数は72万台と言われているのに対し、Apple Watchは予約が230万台と推測され、通年で1000万台を超えるのは確実なようです(いずれもKGI証券による推定)。

ヴィトンのバッグとiPhone

日本人は世界で一番Apple製品が好きなようで、iPhoneのシェアは世界で最高です。原宿の女子高生100人に聞いたら「Androidを使うのは恥ずかしい」空気があるくらいだなんて記事もありました。

この話を聞くと、かつて日本でヴィトンのバッグが大流行して、日本では女子高生までヴィトンのバッグを持ち歩いていると海外からあきれられたのを思い起こさせます。今やApple製品は、かつてのヴィトンのような位置付けのようです。

ヴィトンのバッグを持った女子高生

これは偶然ではなく、Appleは意図的に自らを高級ブランド品に位置付けようとしているようです。例えばバーバリーやサンローランといったファッションブランドのCEO経験者を経営陣に招聘しています。また、著名なインダストリアル・デザイナーのマーク・ニューソンをデザイングループに迎え、ヒューマンインターフェースの責任者アラン・ダイは広告とファッション業界の出身とのこと。新しいMacBookは機能をそぎ落とし、性能も他製品と比べて低いが、3色から選ぶことができ、価格は高めです。

AppleとIT産業はどこへ向かうのか

Appleはどこへ向かっていくのでしょうか。昔から、Apple製品はデザインが良く、高めで、高級品というイメージでした。しかし同時に新しいテクノロジーでイノベーションをもたらし、また優れたユーザビリティを誇っていました。

ここへ来て、そのバランスは変わってきている印象を持ちます。最近のApple製品で、薄く/軽くなった以外のテクノロジーのイノベーションはなんでしょう。また、Mac OSとiOSの中心的な開発者だったスコット・フォースタールが辞め、アラン・ダイがUIの責任者になったiOS 7以降、ユーザビリティの観点からはむしろ低下しています(ニールセン・ノーマングループによるiOS7のユーザビリティ評価)。その間にAndroidは劇的に追いついてきました。

その結果、Appleのビジネスがどうなったかというと、iPhoneを中心にMacやApple Watchも高いセールスを記録し、絶好調。資本主義の歴史の中のあらゆる企業で最高の業績を挙げています。

これは、ITが成熟産業になってきたことを示しているのかもしれません。

スマートデバイスによってコンピューターはついに誰もが使うものになりました。ウェアラブルやスマートホームなど、コンピューターは日常空間に入り込むものになってきました。コンピューターとしての機能やユーザビリティにはもう大きな差がつかなくなっている。むしろ、ファッション性やブランド力の差が大きくなっている。デザインへのアプローチとしては、UXデザインというよりは従来型のインダストリアルデザインやクリエイティブデザインの重要性が高まっています。

個人的には、もっとテクノロジーで生活が変わるようなイノベーションが起こるのを見てみたいし、そのために優れたユーザー体験やユーザビリティを追求したい。Appleはその最大の担い手でしたが、その向かっている先はちょっと違うもののようです。

AppleとGoogleは宗教になった

Apple Watchがようやく届きました。自分のものになるとやっぱりワクワクしますね。これからどんな風に生活が変わるか、試していこうと思います。中学に入って、初めてMacを買ってもらった時から、新しいApple製品を買う時にはいつもこうしたワクワクがありました。何か自分の生活が変わる、自分の可能性が広がる、そんな気持ちにさせられる。

Apple Watch

僕は14で中学にMacのユーザーグループを作りました。あんまりMac雑誌ばっかり読んでいたので、コダマックとあだ名されていました。結婚した時には、嫁は古いダイナブックを使っていたので、そんなものはうちの敷居はまたがせんといって、Macにスイッチさせました。我ながら立派な信者だと思います。

コンピューターのOSの優劣を論じるとき、多くの人がなぜか宗教的になり、自分のプラットフォームを信者のように擁護し、他プラットフォームを異教徒のように攻撃します。MacとWindows、iOSとAndroid、よりマニアックなところでもBSD UnixとLinuxとか。そういえば、iPadが発表された時には、「こんなに話題になった板はモーゼの十戒以来」なんてジョークもありました。

こんなに話題になったタブレットは十戒以来

関係ない人から見ると、たかがコンピューターのOSじゃないかと思うわけですが、コンピューターを使うことが生活の中で大きな割合を占めている場合には、OSやプラットフォームというものは絶対的なもので、自分の利用する環境や、自分の行動を全部規定されてしまう。単純接触による結びつきもあるし、OSを否定されてしまうとそれは自分を否定されてしまうことに近い。だからこそ、OS論争は宗教的になります。

これまでは、コンピューターの中だけの話だったのですが、これからはAppleやGoogleのプラットフォームは、本物の宗教になるかもしれないです。それは、IoTの世界がやってくるためです。

最近のApple製品を見ると、個別の製品だけではなく、製品ラインナップをうまく構築し、iCloudとContinuityを通した連携によって囲い込みを進めています。僕の周りにも、自分も含めてスマホはiPhone、仕事はiMac、すると出先では軽量な新しいMacBookがほしくなり、最近のiPhoneは大きいからちょっと情報を確認したりするのにはApple Watchがほしくなり、と、完全に囲い込まれているような人を見かけます。一度こうなると、他のプラットフォームに移行するのは難しくなり、どんどん囲い込まれ、気づけば高価なApple製品をたくさん買っている。その結果が、23兆円という現金保有高です。

コンピューターとネットは、今後PCやスマホにとどまらない様々な形で私たちの体や環境に入り込んできます。Apple Watchのようなウェアラブル、あるいは家や自動車など。Apple Watchのワークアウトなどはいい例ですが、それらの技術は私たちがどのように生活するかを形づくっていきます。そして、それらの製品がスムーズに相互運用して動くためには、コンピューターのOS同様AppleやGoogleのアーキテクチャを使うことになるでしょう。

ローレンス・レッシグという経済学者がいます。クリエイティブ・コモンズの設立などで有名なのですが、レッシグの理論の中に、人の行動を規定する大きな力は規範/法/市場/アーキテクチャーだ、というものがあります。レッシグによれば、規範に基づいて法が作られ、法は市場または直接の規制を通してアーキテクチャーに働きかける。このようにして私たちの振る舞いを規定するアーキテクチャーが作られてきた。ゼロ年代にはよく参照され、特に東や濱野らによる環境管理論に繋がりました。

レッシグの提唱した行動を規定する四つの力

ところが、今や私たちの振る舞いを規定するアーキテクチャーは、個々の国の法だけでは縛れないAppleやGoogleといったグローバル企業によって規定されているわけです。例えば個々の家の単位で、どのプラットフォームを主にするかを決めてモバイルや家の設備などを選ぶことが必要になってきます。そして、Apple Watchのようなロゴ入りのウェアラブルを常に身につけて、常に自分の情報をプラットフォームに伝え続けるわけです。ここまでくると、これを宗教と呼ばずしてなんと呼んだらいいでしょうか。

Appleは、カトリックみたいなものです。一神教で、華やかで、たくさんのお金を要求する。一方のGoogleはプロテスタント的で、同じく一神教ではあるものの華やかではなく実用的で、直接的にはあまりお金を要求せず、誰に対しても開かれているという顔をする。これらに対して、WebやMozillaが体現するような、よりオープンでカオスな土着の多神教のような世界もあり得るとは思います。

いずれにしても、IoTの世界を生きる私たちは、宗教と付き合うようにAppleやGoogleといったプラットフォーマーと付き合わなければならないのです。

ファブレット+スマートPCという未来

Microsoftが発表した、Proじゃない方のSurface 3が話題になっています。これまでの同シリーズとは異なり、ARMではなくIAのCPUに、RTではないフルのWindowsを搭載。小型軽量さ、何より安価さと相まって、ヒットの予感がします。

MacBook / Surface 3 / Chromebook Pixel

同じタイミングで、Appleから新しいMacBook、Googleから新しいChromebook Pixelと、IT大手から「PC」の発表が相次いでいます。それも、ハイエンドというよりは、性能も機能も制限されたモデルばかり。なぜこのタイミングでこのような発表が相次ぐのでしょうか。

その答えは、ファブレットの流行にあります。 “ファブレット+スマートPCという未来” の続きを読む

いつかの/どこかの/誰かの存在を体験できるVRジャーナリズム

Mari Malek

ISILに拘束されていたジャーナリスト後藤健二さんは、本当に残念なことながら殺害されてしまったようです。後藤さんのご発言やご本人の手による取材ビデオなどに触れるにつけ、苦しみの只中にある人達--特に子供への優しい眼差しが伝わってきて、なんという惜しい人を亡くしたのかと、慚愧の念に堪えません。心よりお悔やみ申し上げます。

後藤さんが取材し、最後に拉致されたシリアは、長引く内戦とISILの台頭により、380万人を超える難民が発生しています(国連による)。こうした数字を知っていても、日々の生活に追われる私達は遠く離れたシリアの人々の窮状に思いを馳せることはなかなか難しい、というのが本音のところだと思います。とはいえシリアの現状は、ジャーナリストにとっても高い危険をはらんでおり、今回の後藤さんのようなリスクを冒してまで情報を伝えることを無理強いはできません。

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そんな中で、世界の人々について伝えるために、テクノロジーを活用した一つの試みがなされました。国連と、VR映像制作を手がけるVRSEとの協力により、シリア難民の生活の様子をVR映像に収めた「Clouds Over Sidra」です。これは、VRに懐疑的な人にこそ見てほしい作品でした。 “いつかの/どこかの/誰かの存在を体験できるVRジャーナリズム” の続きを読む

自分のアタマを使わずに、データに頼ることなかれ

ATOMOSでは、製品の開発および技術設計も手がけています。進行中のプロジェクトにおいて、コアな要素の性能が十分でないという課題に悩まされていました。結果的に解消することに成功したのですが、その過程では技術課題へのアプローチについて考えさせられるところがありました。 “自分のアタマを使わずに、データに頼ることなかれ” の続きを読む

バーチャルリアリティがNext Big Thingである

MicrosoftのHoloLensのデモをまだ見ていなければ、ぜひ下の動画を見てみてください。

SFにしか見えない。でもMicrosoftは、何年もかけずにこの技術を実際の製品としてリリースする予定です。まるで電脳コイルの電脳メガネが実現したみたいです。 “バーチャルリアリティがNext Big Thingである” の続きを読む

デジタル・ルネッサンス:アカデミズムはバージョンアップする

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昨日は http://astamuse.com/  という知材のデータベース化とイノベーションの創発を活性化するサービスをやっている以前の同僚と会っていました。その中でアカデミズムのあり方についていろいろと議論をしたので、ここにメモを残しておきます。

僕は大学というプラットフォームでアイデアの実用化をやろうとしましたが、研究資金が途中で尽きてしまう、研究者のキャリアへのインセンティブがない、製品化に必要なスキルやリソースが足りないといった理由でそれは実現できませんでした。 “デジタル・ルネッサンス:アカデミズムはバージョンアップする” の続きを読む