2016年の世界の産業/安全保障とAI


あけましておめでとうございます。

2015年を通して、世界は大きな混乱へと向かっています。一方で、AIのようなテクノロジーが急速に発達し、経済から安全保障まで大きな影響を及ぼしつつあります。

新しい年を迎えるにあたって、デザインやUXやITに限らない世界の現状、そしてその中でテクノロジーの果たす役割について書いてみたいと思います。

アテネ、リュカヴィトスの丘からの眺め

国家が破綻するということ

今年の9月に、お休みをとってギリシャに行ってきました。ちょうどEUへの債務不履行によるデフォルトの危機が迫っており、政権の信任を問う総選挙を間近に控えているなど、人にはどうしてこんな時に、と言われました。昔から、ヨーロッパの文明の源流に触れてみたいと思っていたこともありますが、同時に国の経済が破綻すると何が起きるのかこの目で見てみたい、という気持ちもありました。

5日間で、ハネムーンなどで人気のサントリーニ島と、アテネを訪れてきました。意外だったのは、いずれも観光客で大いに賑わっていたことです。サントリーニ島は昼夜を問わずヨーロッパ系とおぼしき多くの観光客で賑わい、ホテルのプールではトップレスで日光浴をする女性に私たちアジア人の夫婦は目のやり場に困りました。アテネではアクロポリスやゼウス神殿などの有名な遺跡の周辺は人で溢れており、観光客向けのレストランなども活気付いていました。

もっと日本人や中国人や韓国人を見るかと思いましたが、政情不安の影響からか少なかったように思います。ギリシャに行って感じたのは、ここはやはりヨーロッパ人にとっての心の故郷だということです。それは政情不安や悪い経済状況などとは関係がないということがわかりました。実際、EUはその後ギリシャの債務を先送りし、ギリシャがEUを離脱するといった事態は避けられました。

とはいえ、アテネの街を散策してみると、景気の悪さは如実に感じられます。メンテナンスのされていない街路のコンクリートは荒れ、建物は落書きがされ放題。銀座のようなショッピングストリートの店も多くがシャッターが下りていました。駅や繁華街にはホームレスがたむろし、夜には駅前の広場でのパンクバンドのパフォーマンスで若者は憂さを晴らしていました。これと比べたら、東京どころか、福岡や仙台などの地方の主要都市の方がよっぽど栄えています。

日本の国力の低下

しかし、今年は日本の国としての力の低下を感じさせるようなニュースが相次ぎました。日本の一人当たりGDPは香港やイスラエルに抜かれ、先進国の中での順位は下降の一途をたどっています。私たちのデザインの世界でいえば、国を挙げたイベントであるオリンピックへ向けた新国立競技場やエンブレムのデザイン決定をめぐって頻発したトラブル。その背景には、行政のガバナンス力の低さ、また日本のクリエイティブ産業に横たわる利権の構造などが露呈しました。

ガバナンスについていえば、東芝の不正会計--もっと言えばこれは明確な粉飾だと思いますが--も衝撃的でした。東芝といえば、私たちがその製品に慣れ親しみ、経営者が経済団体の代表などを歴任するなど日本を代表する企業です。そうした企業において、事実上の粉飾が複数の世代の経営者にわたってなされていました。そしてそれは、ウェスチングハウスの買収による原発事業への参入という経営者の失策を覆い隠すためでした。

日本の経済成長を支えた製造業にはかつての輝きはもはやありません。ほぼ唯一と言っていい息を吐く自動車産業は、今後ガソリンエンジンからの転換および自動運転などのパラダイムシフトを生き抜くという重い課題を背負っています。

今日の産業のパラダイムシフトの要因:AI

このような産業のパラダイムシフトをもたらしている最大の動因はなにか。今後重点的な投資がなされないとならない分野はなにか。その答えは明確です。それはAIです。

AIというとHAL2000や鉄腕アトムのような、人間のような受け答えをするものを思い浮かべるかもしれません。しかし、今日のAIの本質はそういうものではありません。WebおよびIoT機器のセンサーネットワークから集められるビッグデータ。それを記録して処理するクラウドコンピューター。その上で動くディープラーニングなどのアルゴリズム。こうした技術の集合が、今日のAIの正体です。

かつてソニーの社長だった出井伸之氏は、「インターネットは隕石であり、古い産業を恐竜のように絶滅させる」と言い、事実その通りになりました。(結果的にソニーが「恐竜」の側に含まれたように見えるのは皮肉なことです。)これになぞらえて言うなら、今日のAIはブラックホールのようなものです。それは情報関連にとどまらず、あらゆる産業を飲み込んでいきます。

日本においても、AI/ロボットを活用することができれば、製造業の競争力を回復させたり、高齢化に対抗して生産性を伸ばすことなどができるかもしれません。一方で、AIにおいてもインターネット同様基盤となる技術やシステムを他国に握られた場合、経済に受けるダメージはインターネットのそれの比ではありません。日本は、もう一度第二次大戦後のような焼け野原、あるいはギリシャのような衰退国への道を歩むことになるでしょう。

新しい戦争の時代

ギリシャはもう一つ、大きな国際問題に関わっていました。それは、今日の世界で人道上の最大の問題の一つ、シリア難民です。シリアの2200万人の人口のうち、去年すでに400万人が国を逃れて難民となったそうです。地理的に中東からヨーロッパへ入る窓口に位置するギリシャには、ドイツなどヨーロッパの国への亡命を目指す難民が押し寄せました。私たちも、アテネの路上で過ごす、難民とおぼしき家族などを見かけました。

アラブの春と、その後の混乱につけ込んだISの勢力拡大は、中東に大変な混乱をもたらし、その余波は難民、さらにはフランスで発生したテロなどの形で欧米にも及んでいます。パリのテロの後の選挙では極右の国民戦線が大きく勢力を伸ばしました。またアメリカでも散発するテロが後押しする形でドナルド・トランプのような排外主義者が支持を伸ばしています。

ヨーロッパにおいてナショナリズムと排外主義がさらに勢いを増せば、欧州の統合と拡大というEUの理想は大きく後退せざるをえなくなります。これ以上、ISが目論むような欧米とイスラム原理主義との「文明の衝突」が進んでいくような悪循環に陥れば、世界は20世紀の世界大戦や冷戦のような時代に逆戻りすることになります。このような事態だけはなんとしても避けなければなりません。

かつてのアルカイダ、あるいは今のISを名乗るテロは、かつての民族主義運動などのように中央集権的に組織されているわけではなく、今日的な分散ネットワーク型の組織として行動しているように見えます。このような組織活動が可能になったのは、もちろんインターネットなどの技術のおかげです。対するアメリカなども、遠隔操縦のドローンを用いた爆撃による反撃を行っています。

20世紀の世界大戦は「前線と銃後の区別をなくした総力戦」が特徴だと言われますが、21世紀の戦争はさらに進んで、いつどこが戦場になるかわからない、ユビキタスネットワーク型、あるいは離散型トポロジーの戦争ということができます。

インターネットやソーシャルメディアによって、社会の流動性やつながりは増え、今の自分のようなフリーエージェント/ノマド的な働き方などがやりやすくなりました。しかしその恩恵を被るのは生産的な活動だけではなく、テロリズムや戦争行為などの破壊的な活動も含まれるのです。そのネガティブな側面は、今後自立型のドローン/ロボット兵器の登場によってますます悪化するでしょう。ここでもAI/ロボット技術が大きなインパクトをもたらします。

新しい年へ向けて

このように、今後の世界の産業と安全保障について考えた時に、WebとIoT機器、クラウドコンピューティング、ビッグデータ、機械学習アルゴリズムなどの総体としてのAI技術が何より重要になってくるのは明らかです。これまでも大枠ではITに全体的に関わりを持ってきたものの、今年はよりこれらの技術のコアに近いところで活動/発信を行っていくつもりです。

今年もよろしくお願いいたします。