融けるデザイン


SFCの安村研で長く一緒に研究をした渡邊恵太君のデザイン論の本「融けるデザイン」が出ました。恵太君(もう立派な明治大学の先生ですが、こっちは大学時代の感覚のままなので、恵太君と呼ばせて!)は在学中から人間の認知や行動の理解に基づく数々の面白いUIデザインを作ってきていました。本書は2015年時点でのその活動や思考をまとめるような内容となっています。

インタラクションデザインに関わる人であれば恵太君の仕事を一度ならず目にしたことがあると思いますが、非常に独創的で、それなのに触ってみると腹に落ちる体験が表現されている。彼はギブソンが提唱した生態心理学に強い影響を受けており、その理論をデザインに応用するところから知見を生み出してきました。

本書でもやはり最も面白かったのは、インタラクションの気持ち良さを、自分の身体の一部あるいは延長として感じられるかどうかという「自己帰属感」に求めたところです。自分の身体の一部のように思いのままに応答するUIが気持ち良さや使い心地の良さを生じさせることは、iPhoneが例に取り上げられていることからもわかるように、多くのデザイナーは意識してかせずか行っていたことだと思います。その暗黙知を、認知身体科学を援用して理論付けしたところに、恵太君の貢献があります。現在の脳科学においては、古典的な動物のモデル--感覚器で情報を入力し、脳が処理し、筋肉が出力する--はもう棄却されているといっていいでしょう。動物はむしろ動くことで情報を得、得た情報が動物を動かす。このような知覚-行為の循環の中にその意味が構成されてくるということ(これもギブソンの概念です)が、神経生理学的にも確かめられつつあります。(例えばRedwood Centerの成果などを参照のこと。)

恵太君の研究ではさらに、カーソルの動きなどを手の動きに一致させるだけでなく、意図的にずらすことで質感を表現したり、自分が操作しているかしていないかを本人だけが判断できるような、一歩踏み込んだ操作をされたデザインを提案しています。

また恵太君のアプローチが個人的に興味深いのが、我々デザイナーの多くはなんらかの目的のためにデザインを考えているのに対して、人間が機械と行うインタラクションそのものに興味があって、そこからアプリケーションを作り出すなどしている点です。上述のようなポインティング地点の操作で感圧式でないタブレットで筆のような書き味を実現する「味ペン」などはそのような例でしょう。

あともう一点、本書の指摘で印象に残ったのが、モノをUIとして用いるタンジブル・ユーザー・インタフェースへの指摘です。恵太君の考えとしては、環境の持つ、インタラクションに利用できるパラメーター--恵太君の用語では「持続」--が本質だという観点から、情報とモノを分けた上でより物質的になればいい、という方向性には異議を唱えます。実はタンジブルの提唱者の石井裕先生らも、モノを使えばいいという安易な発想ではなく、モノの持つディスプレイされた情報とは異なる特性をいかにデザインに用いるか、という点を研究対象としています。タンジブルという言葉が独り歩きしたり、ハードウェアビジネスに注目が集まる中では、なんでもかんでもハード化すればいいという誤解も生まれるため、このような警鐘を鳴らしているのでしょう。

このように、書いていけばきりがないのですが、これからやってくる世界のデザインに関わる人であれば考えるべき論点が詰まった本だと思います。UI/UX/インタラクションデザインが、静的な画面のデザインだった時代はもう終わりました。私たちはハード/ソフト/ネットが、空間と身体に「融けて」いく只中にいます。恵太君を含めたユビキタスコンピューティング/インタラクションデザインの研究は、これまで商用のプロダクトや事業には十分に活かされているとは言い難かった。それがこれから繋げられていくと思っています。