いつかの/どこかの/誰かの存在を体験できるVRジャーナリズム


Mari Malek

ISILに拘束されていたジャーナリスト後藤健二さんは、本当に残念なことながら殺害されてしまったようです。後藤さんのご発言やご本人の手による取材ビデオなどに触れるにつけ、苦しみの只中にある人達--特に子供への優しい眼差しが伝わってきて、なんという惜しい人を亡くしたのかと、慚愧の念に堪えません。心よりお悔やみ申し上げます。

後藤さんが取材し、最後に拉致されたシリアは、長引く内戦とISILの台頭により、380万人を超える難民が発生しています(国連による)。こうした数字を知っていても、日々の生活に追われる私達は遠く離れたシリアの人々の窮状に思いを馳せることはなかなか難しい、というのが本音のところだと思います。とはいえシリアの現状は、ジャーナリストにとっても高い危険をはらんでおり、今回の後藤さんのようなリスクを冒してまで情報を伝えることを無理強いはできません。

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そんな中で、世界の人々について伝えるために、テクノロジーを活用した一つの試みがなされました。国連と、VR映像制作を手がけるVRSEとの協力により、シリア難民の生活の様子をVR映像に収めた「Clouds Over Sidra」です。これは、VRに懐疑的な人にこそ見てほしい作品でした。

VRジャーナリズムという新しい表現

映像は、ヨルダンの難民キャンプで暮らすSidraという12歳のシリア人少女の姿で始まり、難民キャンプでの生活の様子を映していきます。バラック暮らしの生活は当然楽ではないもの、お古の教科書できちんと勉強をする、サッカーやコンピューターゲームに興じる、家族の食卓の団欒など、むしろ印象に残るのは逞しく暮らす子供達の姿です。

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パンを焼く

VRならではの体験として、カメラ越しの視聴者に向けられる、子供達の憂いも喜びも含んだ眼差しに思わずドキリとします。外に出れば砂埃に喉がムズムズし、パンを焼いていればパンの匂いが鼻をくすぐるよう。スマホに安価なVRゴーグル(Amazonで1000円で買えます)を組み合わせることですぐに視聴できるこのコンテンツには、通常の平面の映像をただ見ているのとは異なる、遠く離れたヨルダンのキャンプの中で、人々の暮らしの只中に自分が立っているという錯覚を経験させられました。

カードボード

VRは、主にゲームに用いられるだろうと多くの人が思っています。しかし、このコンテンツは、VRがゲームや娯楽にとどまらない可能性を持っていることを強く感じさせてくれます。同じVRSEのチームは、他にもスパイク・ジョーンズのVICE Newsと組んでニューヨークでの警察への抗議デモを圧倒的な臨場感で伝えるコンテンツなどを次々に制作しています。

VR技術は、単にゲームをよりリッチにするだけの技術ではないと、僕は確信しています。VRは、「いつかの/どこかの/誰かの」存在に自分を置き換えて体験をすること。体験自体は仮想ではあるのですが、そこには確かに苦難の中にいる人を感じることができ、結果強い感情が生まれます。それは確実に今後の自分の関心や行動に影響を及ぼすものです。

「Clouds Over Sidra」はこの新しいメディアをジャーナリズムに応用してみせてくれました。他にも、教育やアートなど様々な表現にVRが用いられていく未来を体感することができます。興味のある方にはぜひ体験していただければ。


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