映画「スティーブ・ジョブズ」を観て


映画「スティーブ・ジョブズ」

公開開始の週末に観に行ってたんですが、忙しすぎてなかなか感想を書けませんでした。感想そのものは、他の多くの方が書かれているのと変わりません。アシュトン・カッチャーはジョブズの仕草やしゃべり方の特徴をうまくとらえていて思ったよりも好演でした。1984やMacの発表などの瞬間はやはり胸をアツくさせてくれるものがあります。

ただ、この映画の編集はいただけない。あれだけのドラマティックな人生を丸ごと2時間に圧縮するのはやはり無理があったようで、断片的なカットを繋いだだけのような映画になってしまっています。

伝記映画に求められるのは、対象の人生を切り取る視点だと思います。自分だったらどうするかな、と考えると、やはりAppleへのカムバックかな。まずは、1984年のMacintoshの発表のシーンの夢から目覚めるジョブズから始める。その日、ジョブズは、Appleの経営陣に対するプレゼン。会社を追い出されるきっかけとなった宿敵( Beのジャン・ルイ・ガセー)を押しのけて、完璧なプレゼンテーションで製品ごとの復帰を果たす。そこからは、現CEOや取締役会を次々と追い落として、権力の実権を握る。同時に、史上最高のマーケティングキャンペーンで、落ちぶれた会社に輝きを取り戻させる。最後は、最良のデザイナーを右腕に得て、iMacという最高の製品で、カムバックを完了させる。1984年のプレゼンをセルフパロディした「Hello (again).」の演出に巻き起こる聴衆の歓声をバックに、iMacの爆発的な売り上げに始まるAppleの奇跡の数年間をナレーションで説明して、エンドロール。

アシュトン・カッチャーもよかったですが、ナイーブさが強調されてしまう。僕だったら「ダークナイト」や「ザ・ファイター」の演技で知られるクリスチャン・ベールを起用します。華やかなマーケターと、狂気のマネージャーの二面性を演じさせるとしたら、今ならベールでしょう。

まあ、まだこれだけ僕らの記憶に強烈に焼き付いている人を映画で表現しようとしても、難しいのかな、とも思います。ジョブズが歴史になるまでにはまだ何年もかかるでしょう。

帰り際、友人の若い起業家の鈴木仁士君が同じ回を観ていました。人生、正しい人に正しいタイミングで出会うものだな、とよく思います。ジョブズがなくなった時に書いた気持ちは、今でも1mmも変わりません。テクノロジーとイノベーションの事業化に関わる僕らを、様々な形で伝えられるジョブズの姿が鼓舞してくれるのです。