僕の前に道はない 僕の後ろに道は出来る:UXデザインで起業してみて


今年3月、UXデザイナーとして独立起業をし、アトモスデザインを設立しました。

これまでは主に事業会社の中でデザインを行ってきたのですが、常々UXデザインを単独の事業だけでなく、さまざまな事業に応用していくほうが、より仕事のインパクトを生み出せると考えてきました。UXデザインとITの活用は顧客のいるあらゆる事業において存在していますが、特に日本においては方法論の一般化が弱く、洗練された方法論を用いる海外の事業者らに遅れを取ることも多くなっています。Appleは言わずもがな、SamsungもIDEOらと組んでそのデザインの方法論を取り入れたことで、世界で日本のメーカーを打ち負かすようになりました。一方で日本の事業者は、優れた技術や高品質なものづくり、世界に誇るもてなしの心や高い美意識を持っています。このような優れた基盤の上で作られた製品やサービスが、ユーザーや市場とうまくコミュニケーションして成功するお手伝いをしたい。常々こんな想いで仕事をしています。

一方で、こちらが片思いをしていても、事業者の皆さんに求められないことにはそのような仕事を成立させることは難しいことでした。研究や実践を行いながら待つうちに、ITが私達の生活に深く浸透し、それに伴いUXという概念に興味を持ち取り組みを行う事業者の方々も増えてきました。今こそUXデザインを広く実践していく機会が訪れたと思い、起業を決断しました。おかげさまで創業以来、スタートアップから誰でも知っているような大手企業まで、様々な事業者様とプロジェクトをやらせていただいてきました。まだ一期も終わっていないのですが、今年のUX Tokyo Advent Calendarに書く機会をいただいたので、起業してみて得た知見を一度まとめてみようと思います。(もちろんクライアント様の機密に触れない範囲で。)

市場の背景:あらゆる事業がITを用いてサービス化する

2014年のITの世界では、モバイルという大きな波が一段落し、ウェアラブルやロボットに代表されるようなIoTの次なる波が立ち上がってきています。IT事業者の側から見ると、ネットにつながったタッチスクリーンに表示するコンテンツやサービスで与えられる刺激に限界が来て、他のハードウェアと連携することでその可能性を広げようとしていると捉えることができます。一方、産業全体としてみた場合、IoTの進展はもっと大きな変化を導きます。それは、「あらゆる事業がサービス化する」ということです。

IoTのアイデアとして必ず言われるのが、家電製品のリモートコントロールです。しかし、そのような機器が何度も提案されては、普及せずに終わっています。対比として、テスラのファームウェアの事例などがあります。テスラの車は、まるでスマホのようにファームウェアをアップデートすることで、ブレーキの踏み心地のような駆動系の制御までをバージョンアップしてしまいます。これは、これまでの自動車産業においては絶対に考えられないことでした。テスラは、このようにクルマというハードを売るだけでなく、その利用経験をソフトウェアとして定義してITで繋がることで、サービスのタッチポイントとしての継続的な改善を可能にしています。IoTが産業にもたらす大きなインパクトは、このようにあらゆる事業がサービス事業に変化するということなのです。

スマホにおいても、これまではITを主な接点としていなかった無印やユニクロのような小売事業者などが、自社のアプリを通して積極的な顧客エンゲージメントを図っています。IoTにより、生活者個人の身体と、生活空間との両方が、ITによってサービスと接続されていきます。成功する事業者は生活者のニーズをより細かく追ってサービス提供ができるようになるでしょう。一方で事業者と生活者との関係が密になるほど、よい顧客体験を提供できず生活者とのエンゲージメントを保てない事業者は遠ざけられてゆくでしょう。サービス化する事業においては、このように顧客エンゲージメントのための優れた体験の提供が一層求められるようになります。そして、その中でもITサービスというタッチポイントが大きな割合を占めるようになります。

すなわちあらゆる事業が、ITサービスで培われてきたUXデザインを必要とするようになってきています。実際にアトモスのクライアント様もいわゆるIT事業者だけにはとどまらず、ファッションの小売のような事業にも関わらせていただいています。

アトモスのビジネスモデル

僕はアトモスを起業するずっと前から、上記のようないわゆるWeb / スマホアプリにとどまらない技術要素に対してUXデザインを適用する研究/実務に携わってきました。Webやアプリであれば、豊富な経験とノウハウを持ったデザイナーが世の中にはたくさんいます。ところが、IoTのサービスデザインなどという分野は市場が存在せず誰もお金を払わなかったので、やる人はほとんどいませんでした。大学に長くいたからこそそうしたことに取り組めました。

市場の状況としては、アベノミクスによる景気回復への期待などもあり、投資は活発になっており、IoTを含むスタートアップへの資金供給も増え、優秀な人がスタートアップにチャレンジする機運も高まっています。一方でサービスを細かく設計できる担い手は足りていません。典型的なブルーオーシャンです。

アトモスでは今のところ能動的な営業活動というものを行ったことが一度もなく、すべてインバウンドのご相談からプロジェクトを得ています。ありがたいことに、そうした分野の案件に取り組む際に、サービス設計の担い手を考えた時に、アトモスのことが浮かんだ、と複数のクライアント様におっしゃっていただいています。

また、現状では協力してくれる仲間もいますが、プロパーはまだ僕一人しかいないため、自然とお受けできる仕事の量も限界があります。このような事情もあって、アトモスでは一般的なUIデザインの業務と比べるとかなり高いフィーを取っています。できるだけ事業においてUXデザインの重要性をご理解いただき、他ではなくアトモスだからできるとご納得いただけるお仕事をお受けして、ユニークでクオリティが高いアウトプットを実現したいためです。

特に大きくなること自体を目指したりするのでなければ、他者とは違っていることが、結果的に個人としても会社としてもアイデンティティーを持てるので、僕は良いと思っています。同じことのできる事業者どうしでレッドオーシャンの競争をするよりも、得意分野が明確でその分野であれば一番に選んでいただける。そんな会社を目指しています。

UXデザインにコンサルとして入るということ

UXデザイナーの仕事というのは、事業会社の中でもアトモスのようなコンサルでも、一般的に他のステークホルダーとの関係の中で行われるものです。その関係の作り方が、コンサルとしての仕事の本質といえます。

まずは、事業オーナーとの関係があります。事業として当たり前のことですが、顧客そのものおよびその顧客に実現する価値の定義がなくてはデザイナーは何もできません。同時に、その顧客価値をビジネスゴールやその達成のロードマップ、利用できる資源の制約と調和するように設計を行っていく必要があります。そして、プロジェクトと製品の成否の大部分が、事業オーナーがこれらの項目を明確化し、コミットメントを持って取り組むかどうかにかかっています。この点についてコンサルも積極的に事業オーナーをファシリテートすべきですし、もし事業オーナーができないと判断するのであれば、残念ながらそのプロジェクトには関わるべきではないでしょう。ステークホルダーインタビューやそれを通したステークホルダーマップの作成、ペルソナやカスタマージャーニーマップ作成といった工程はこうした理由から必須のものです。特に日常的に事業オーナーと接しているわけでないコンサルの場合にはより重要です。

クライアント様がITサービスのスタートアップである場合、コンサルの役割は微妙なものになります。サービスにおける顧客価値の実現が事業者のコアバリューなので、本来アウトソースに馴染まないですし、開発/運用の中で方針が変わることも頻繁にあります。継続的に関与し続けられないとバリューが出しにくいです。先日IDEOのCEOのティム・ブラウン氏にこの点を質問してみたところ、ITスタートアップの場合にはやはり物理的に密にプロジェクトに取り組むことが必要なので、スタートアップを入居させて一緒に業務を行う、アクセラレーターのような取り組みをしているとのことでした。IDEOほどの規模でない我々がITスタートアップにコンサルを行う場合には、具体的な製品デザインというよりも、方法論の伝達やファシリテーションなど、組織およびプロセスのコンサルテーションが有用なのかもしれませんが、まだ自分の中で答えが出ていません。石橋さんが書かれていたように、インキュベーターのデザインアドバイザーというのはそういう意味ではよい関わり方なのだと思います。

デザイン作業やエンジニアリングについては、クライアント様のインハウスおよび業務委託先のスタッフと一緒に開発に取り組むこともよくあります。アトモスでは開発マネジメント、スクラムマスターの役割を引き受ける場合もあります。物理的に一緒にいないチームで開発をすすめる難しさはどうしてもあり、要件やデザインを明確にドキュメント化することや、RedmineのチケットのコメントやSkypeを用いてできるだけ密にコミュニケーションを取るようにしています。プロジェクトによっては毎日Skypeミーティングを行ったりもしています。(あとは飲みに行くこと!)

ユーザー評価

ユーザーを理解し、その振る舞いを妄想できることが、UXデザインの中核を成しています。そのためには、ユーザー(となりうる人)に様々な形で触れ、自分の中に相手を明確に再現することができるようになる必要があります。

UXデザインにおいて当然のことですが、適切なKPI設計/計測/分析の継続的な実施を行い、製品の健康状態や特別な事象の発生の有無をモニターしています。特別な理由がなければ、Webの場合GA、アプリの場合Flurryを入れて計測を行うことをお勧めしています。UXについて意思決定を行う上では、机上の空中戦を行うよりも、実際の顧客に対するパフォーマンスを見る方がずっと有益です。また発言者の声の大きさに左右されないこともメリットです。そして、早い段階でKPIに目に見える影響が出る施策を打つべきです。小さい成功体験を得ることで、UXに対する投資を正当化できます。

ユーザビリティテストもとても重要で、必ず実施するようご提案しています。ニールセンが結論付けたように、5人程度で実施して大きい問題を潰すというサイクルを複数回繰り返すようにしています。

デザイン

アトモスでは、ビジュアルデザインも手がけています。サービスにおけるビジュアルデザインやUIデザインについていうと、マルチデバイス化を背景に、Webおよび各アプリプラットフォームがいわゆるフラットデザインで統一されてきました。多くのサービスが、マルチプラットフォームで展開されるようになっています。ゆえに、ビジュアルデザインについてオリジナリティを発揮する余地は相対的に減ったように思います。むしろ、個々のプラットフォームの振る舞いについてよく知ることが、使いやすく作りやすいUIを設計する上で求められています。

このような背景からUIデザイナー不要説が唱えられていますが、私は反対です。フラットデザインにおいては、レイアウト/カラー/タイポグラフィ/アイコンといったデザインの基礎がより強く求められるようになっています。ビジュアルデザインという意味ではむしろ高度化するので、きちんとしたデザイナーなしに今日のUIをデザインするのは無理だと思います。

エンジニアリング

IoTの進展に伴い、マルチデバイス化は今以上に進むと考えられます。多様なデバイスにまたがるサービスを設計するうえでは、今以上に個々のデバイスの特性を知る必要があります。アトモスでは多様なハードウェア/ソフトウェアのコンポーネントを積極的に活用し、製品に取り入れています。

IoTデバイスにおいては、多様なセンサーやアクチュエーターが用いられます。例えば位置情報一つとっても、GPS/モバイル通信基地局/Wi-Fi基地局などの手法によって位置の精度や取得スピードなどの特性が異なり、UXに大きな影響を与えます。画像認識なども然りです。

PCやモバイルデバイスについていうと、3Dグラフィックスがエンターテイメントに限らないアプリケーションで応用できるようになってきました。業務でUnityやWebGLなどを用いたUI開発を行っていますが、思っていたよりも技術の整備が進んでおり、実用的なサービスで利用できるレベルになってきています。

まだあまり開拓されていないのが、ネットワーク層です。スマホなどにおいてはPCよりもネットワークの速度や接続性を考慮する必要があります。アトモスでも、ネットワークの技術設計や、接続性とパフォーマンスのテストなども行っています。

マーケティング/ブランディング

これは事業会社にいる頃からなのですが、製品/サービスといういわゆるUXの業務範囲から、マーケティングやブランディングの領域に業務範囲が広がっていく場合があります。スティーブ・ジョブズはこの二つの言葉を嫌ったという話がありますが、それはこれらの顧客接点が製品/サービスのUXと切り離されることを懸念してのことだと思われます。

先日長谷川敦士さんとも議論しましたが、実務のレベルではいずれも専門的な業務ですから、UXの専門家が何も考えずに踏み込んでいくべきではないかと思います。一方で、いずれも事業者と顧客の関係づくりと考えるなら、UX/マーケティング/ブランディングは本質レベルでは切り離せない、少なくとも横の密な連携は欠かせないものです。将来的には、これらは全て顧客接点のデザインとして、統合された活動になっていくのではないかと思っています。

まとめ

スティーブ・ジョブズは一度はビル・ゲイツに完全に敗北したと思われていました。宮崎駿が国民的な映画作家になったのは宮崎駿の作っている映画が変わったからではなく、世の中がそれを求めるようになったからです。突出したクリエイターに共通しているのは、常に自分のビジョンに忠実であることで、受け入れられるかどうかは世の中の側の移り変わりによっています。

僕はUI/UXの道を志したのは1990年代半ば、まだ誰もUI/UXという言葉を知らない頃でした。またIoTの研究を始めたのは2003年頃、iPhoneが発表される何年も前でした。ですが、いずれも重要になると確信していました。今になって、それらがあらゆる産業のサービス事業化という変革をもたらす両輪だとして広く理解されてきたと、起業して実感しています。

何かのビジョンを持った時、それがすぐには受け入れられなくてもあきらめずに地道に取り組んでいると、本当に重要なことであれば必ず必要とされる時がきます。大事なのは、その時に向けて精進を怠らないこと。その時々の成功失敗よりも、常に価値のあるアウトプットを出せるよう自分を磨いていると、やがて想像もしていなかったような場所にたどり着くことができます。

僕の前に道はない
僕の後ろに道は出来る
ああ、自然よ
父よ
僕を一人立ちさせた広大な父よ
僕から目を離さないで守る事をせよ
常に父の気魄(きはく)を僕に充たせよ
この遠い道程のため
この遠い道程のため

--高村光太郎「道程」より